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学校事故についての裁判例の紹介

2023年5月12日

弁護士 松田直弘

学校の仕事もしていることから,学校での事故に関する次の裁判例を紹介します。

 

福岡地方裁判所久留米支部判決令和4年6月24日

事案の概要

公立の小学校の体育でサッカーの授業中,フットサルゴールポストが転倒し,小学校4年生の児童がその下敷きになって死亡した事故です。

両親が小学校の教員には,安全配慮義務違反があるとして,国賠法1条1項,ゴールポストの設置又は管理の瑕疵があるとして国賠法2条1項に基づいて損害賠償請求しました。

 

死亡した児童は,ゴールキーパーをしていました。味方がゴールを決めたことに喜び,自陣のゴールポストの上部から垂れ下がったネットのロープにぶら下がりました。するとゴールポスト(重さ約70kg)が倒れ,その下敷きとなりました。

 

ゴールポストは,フレームと地面に埋められた鉄杭をロープで固定して使用する事が想定されていましたが,倒れたゴールポストは固定されていませんでした。

裁判所の判断

過失の有無について

本件事故以前に,ゴールポストが転倒しないように配慮すること,ゴールポストの固定状況について点検を実施すること等,学校の設備等について継続的・計画的に安全点検をすることが重要であるから十分に留意するように求める文部科学省の通知が複数出されていた。そのため,本件事故の発生は十分に予見できた。


したがって,校長には,教員等をしてゴールポストの固定状況について点検し,フレームと鉄杭をロープで結ぶなどして,固定しておくべき注意義務があった。しかし,校長はこの義務を怠り,固定していなかったのであるから,国賠法1条1項の過失があったといえる。

過失相殺について

学校側は,本件事故は,亡くなった児童がゴールポスト上部からぶら下がっていたロープにぶら下がるという行為も相まって発生したものであり,このような使用方法は,通常の体育用具の使用法を逸脱したものであるから過失相殺されるべきであると主張した。

この過失相殺の主張に対して,裁判所は,ぶら下がるという行為は,ゴールポストの通常の使用方法を逸脱したものであることは否定できないとしながらも,安全管理に関する文部科学省の通知について教員は把握しておらず,教員にゴールポストの危険性についての認識がなく,そのため危険性について児童に指導もしていないのに,小学4年生の児童がゴールポストの転倒の危険性を認識できていたとは到底考えられない,ゴールポストにぶら下がるという行為は突発的なもので小学4年生の児童の行為として強く非難できるものではない,一方で学校側には定期的な安全点検と授業前の安全点検を共に履践せず,必要な固定措置が取られていないことを見逃した重大な過失があるのに,過失相殺を認める事は公平性を欠くとして,過失相殺を否定した。

調査義務違反の主張について

亡くなった児童の両親は,学校側には,事故の原因等に関して,これを調査し報告する義務があり,これに違反していることを理由として損害賠償請求もしていた。しかし,これについて,裁判所は請求を認めなかった。

文部科学省は,「学校事故に関する指針」により,学校が被害児童生徒等の保護者に寄り添い,常に情報の共有化を図ること,被害児童生徒等の保護者の要望がある場合には詳細調査に移行すべきこと,調査結果について,調査委員会又は学校が被害児童生徒等の保護者に説明することや,調査の経過について,適宜適切な情報提供を行うとともに,被害児童生徒等の保護者の意向を確認することなどを定めている。したがって学校側には,両親の意向等に配慮しつつ十分な調査を行い,その結果を報告する義務がある。

 

しかし,「学校事故に関する指針」は,事故後の適切な対応に取り組むに当たり参考となるものとして作成されたのであり,ただちに学校側の両親に対する義務の内容になるものではない。また,指針が定める調査委員会は,公平性・中立性を確保することを求められており,人選,調査方法及び内容については,保護者の意向に配慮したり,適宜保護者と協議したりすることには限界があり,調査委員会の判断に委ねられるというべきである。そうすると,調査委員会の人選,調査方法及び内容について両親と協議し,必要かつ相当な調査が尽くされているか,両親の意向を確認し,対応すべき義務があったとは認められない。

 

学校側は,原因解明等を目的とした調査委員会を設置して詳細調査を実施し,報告書を作成し,これを両親に交付して説明している。また両親の自宅を訪問して委員会の内容を報告したり,両親の要望に応じて,委員会の傍聴を認めたり,議事録を交付したりしている。そして,報告書では,調査結果を踏まえ,安全管理,安全点検等についての具体的な提言が行われている。そうすると,学校側において,両親に対する調査報告義務違反があったとはいえない。

コメント

  • もともと,ゴールポストの使用方法として,しっかりと固定することが想定されているにもかかわらず,そうされていなかった。
  • 文部科学省が,ゴールポストは転倒する可能性があり危ないので,きちんと点検し,安全対策するように指導していたのに,守っていなかった。

これらの点から,学校側の義務違反,すなわち過失が認められています。国賠法2条1項の場合は,「通常有すべき安全性」を備えているか,という判断になりますが,「固定されている」のが通常有すべき安全性であり,固定されていないのだから,備えていなかった,との判断になり結論は同じと考えられます。

過失相殺の問題として,ぶら下がるのは,通常の使用方法ではない,との学校側の主張に対して,裁判所はそれを認めつつも,公平性の観点から過失相殺は否定されるべきと判断しました。裁判所は,その理由として,児童が教員から危険性について指導されていない事,亡くなった児童が小学4年生であることをあげています。本件とは異なり,常日頃からゴールポストにぶら下がることは危ないから,止めるように指導されていたり,危険性が認識できる中学生や高校生がぶら下がったというのであれば,結論は変わってくるものと思われます。