
学校でのいじめについての裁判例の紹介
2025年5月27日
弁護士 松田直弘
学校の仕事もしていることから,学校でのいじめに関する次の裁判例を紹介します。
京都地方裁判所判決令和6年6月26日
事案の概要
小学生であった原告が,同級生であった被告A、被告Bからいじめを受けたことより,登校できなくなり心身に傷害を被ったとして,不法行為に基づく損害賠償として,慰謝料合計300万円の支払いを求めた。
原告と被告A、被告Bは,4,5年時は同じ学級,6年時は本件小学校の別の学級に属していた。本件小学校は,被告らによる原告に対するいじめの有無等について調査を行っている。
原告は、以下のいじめがあったと主張したものと読み取れる。
① 眼鏡の隠匿
② 体育の授業での悪口・暴行
③ 骨折部分の踏みつけ
④ 私物の持出しと破損・隠匿
⑤ トイレでの嫌がらせ,悪質なあだ名付け
⑥ 理科の教材セットの取り上げと破損
⑦ 私物の物色とコンパスの破壊
⑧ 学校からの指導後の悪口
⑨ 悪口
原告は、これらのいじめにより,心身に変調を来して登校できなくなり,腹痛,下痢,吐き気,逆流性食道炎,頭痛や発熱,めまい等があり,被告らの声が聞こえる幻聴や無意識にかさぶたを剥ぐ自傷行為も発現しており,中学校にはカウンセリングを受けながら通学しているが,被告らに遭遇してしまうと精神的に不安定になり,十分な食事や睡眠がとれなくなる状態が続いている,と主張していた。
裁判所による事実の存否に対する判断
これらのいじめがあったかどうかの事実認定については、学校による調査結果が大きく反映されている事が読み取れる。①眼鏡の隠匿、③骨折部分の踏みつけ以外のいじめについては、被告A被告Bが学校の調査において一部認めており、その範囲内の事実については、裁判所も認定している。その一方で、①眼鏡の隠匿、③骨折部分の踏みつけを含め、学校による調査において、被告らが記憶していない、知らないなどと回答した事実については、事実の存在を否定している。
これは、原告が主張している個々のいじめの事実について、それがあったと認定できるだけの他の証拠が無かったものと思われる。
「いじめ」の事実と「不法行為」はイコールではない
また、個々のいじめの事実が存在すると認められたからといって、それが法的に「不法行為」と評価でき、損害賠償責任を発生させるかどうかについて、裁判所は、次のように規範を立てている。
小学生の児童は,人格的に未成熟な段階にあり,学校生活において,相手方の心情に対する配慮が足りない発言や行動に及んでしまい,児童が他の児童の言動によって,不愉快な思いをすること等は避け難いところ,小学校は,他の児童との集団生活を通じて,その人格を形成陶冶する場でもあるから,児童が他の児童の言動により不愉快な思いをしたこと等自体から,直ちにこれを惹起した言動を不法行為として損害賠償責任を生じさせるものと位置づけるのは,小学校の児童の人格的な成熟,発達の程度や小学校の特質等にそぐわないというべきである。
したがって,特定の児童が他の児童に対し,物理的,心理的な影響を与える行為に及んだとしても,それが直ちに不法行為法上違法とされるべきではなく,当該児童の言動の具体的な内容及びその悪質性と頻度,当該言動の組織性,継続性及び計画性並びに当該言動の相手となった児童が被った身体的,精神的な苦痛及び財産的な損失の有無及び内容等をも考慮し,それが社会通念上許される限度を超え,不法行為を構成するものか否かを総合的に判断する必要があると解すべきである。
総合的判断
そして、個々の事実について、このような総合的判断を行った結果は、次のとおりである。
不法行為の該当性を否定
- 「原告の身体的特徴を捉えてからかったり悪口を言った」
- 「原告がトイレに行く度いじったりからかったりした」
- 「教諭から指導された後に体育の授業の際に原告が「ゴミってる」と発言した」
- 「別の児童が原告を漫画のキャラクター名で呼んだことについてその理由を聞き,被告Bは別の児童が原告をこのキャラクター名をもじったあだ名で呼んだことについて同調して笑い,原告を「うんこ野」と呼んだ」
かかる発言は,小学校の児童においてはままみられるものであって,その態様が悪質なものとは言い難い。原告の精神的苦痛についてその主張に沿う証拠があることを考慮しても,かかる発言により身体的,財産的な損害を被っていないことはもとより,精神的にも大きな苦痛を被っているものとまで認めることはできない。
したがって,この行為は,社会通念上許される限度を超えた不法行為を構成する行為であると評価することはできない。
不法行為の該当性を肯定
- 「被告らは原告の机を無断で開けて私物を持ち出し,具体的にはプリントやドリルを持っていったことが何度かあった」
- 「からかってやろうという気持ちで教材の箱からパーツを取り出して導線の一部を切り取った」
- 「原告の机を無断で開けてコンパスを取り出して破損させた」
かかる行為は,他人の所有権を侵害するものであり,その態様は悪質といえるから,原告が一時的であっても財産的損失を被り精神的苦痛も負ったと認められる。
したがって,この行為は,社会通念上許される限度を超えた不法行為を構成する行為であると評価できる。
損害額
損害額については、不法行為の態様,原告の状況等に照らせば,原告が不法行為により受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては,15万円が相当である。
コメント
本件では、加害児童のみに対して損害賠償請求したようであるが、親の責任、学校の責任、教師の責任についても、それぞれ不法行為等に基づいて損害賠償請求が想定され得る。
いじめ防止対策推進法2条1項に「いじめ」が定義されているが、同法がいじめの防止や早期発見等を目的とするものことから、「いじめ」を広く規定しており、これに該当したからといって、民法上の不法行為と認められるわけではなく、いじめと主張される行為が不法行為を構成するかを直接に検討する必要があるとされている。
本裁判例が採用した「いじめ」が「不法行為」に該当するか否かについての一般論は、複数の裁判例においても採用されている。
損害については,所有権侵害行為についてのみ不法行為の成立を認めたため,認容される慰謝料額が比較的低額にとどまったと言われている。
ABOUT
