
ブログの削除請求についての裁判例の紹介
2025年6月3日
弁護士 松田直弘
先日縁あって、インターネット上での誹謗中傷に対する、発信者情報開示、削除請求をテーマに講演をさせていただきました。
過去の犯罪事実が記載されたブログが長年放置されているところ、これの削除を求めた裁判例を紹介します。
名古屋地方裁判所判決令和6年8月8日
事案の概要
原告が、被告の提供するブログサービスを利用したブログに、約10年前の過去の犯罪事実が記載されていたところ、当該記事の削除を求めた。
約10年前、被告の提供するブログサービスを利用したブログに、原告が代表取締役を務める会社(以下「本件会社」という。)が詐欺のように元本保証と高配当により資金調達を行っていたが突然閉鎖したようであり、計画的な倒産の可能性があるなどという内容の投稿記事(以下「本件記事」という。)が掲載された。
原告自身も、不特定多数の相手方から、元本を保証するとともに配当を支払うことを約して現金を受け入れ、もって業として預り金をしたという出資法違反の罪で、懲役2年、5年間執行猶予の有罪判決の言渡しを受けた。
原告は、再び起業する準備を開始したが、現在でもインターネット上の検索サイトで原告の氏名をキーワードとして検索すると本件記事が表示される。
本件会社は、現在も存続しており、原告は、その代表取締役として登記されている。
意見又は論評による名誉権侵害を理由とする削除請求についての判断枠組み
事実の摘示による表現行為の差止めは、公共の利害に関する事項に係るものについては、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるときに限って許される。
本件記事は、本件会社が元本保証と高配当により資金調達を行っていたという事実を前提として、本件会社について「詐欺のような」、「詐欺の可能性が高い」などという意見又は論評に及んだものと認められる。
意見又は論評については、その対象の社会的評価を低下させるものであっても、それが公共の利害に関する事項に係り、専ら公益を図る目的に出たものであり、その前提としている客観的事実の主要な点につき真実の証明があり、人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱したものでない場合には、公正な論評として名誉権侵害の違法性を欠く。
他人の社会的評価を低下させる意見又は論評の差止めは、当該意見又は論評が公正な論評に当たらないことが明白である場合、すなわち、それが公共の利害に関する事項に係るものでないこと、専ら公益を図る目的に出たものでないこと、又は、その前提としている客観的事実の主要な点が真実でないことが明白であるか、人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱したものであることが明白である場合において、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるときに限って許されると解するのが相当である。
整理すると
- 他人の社会的評価を低下させること
- 当該意見又は論評が公正な論評に当たらないことが明白であること
- 被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあること
ときに限って削除請求が認められる。
当該意見又は論評が公正な論評に当たらないことが明白であるかどうかは
- 公共の利害に関する事項に係るものでないこと
- 専ら公益を図る目的に出たものでないこと
- その前提としている客観的事実の主要な点が真実でないことが明白であること
- 人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱したものであることが明白であること
で判断する。
原告の社会的評価が低下するか
本件記事は、原告が経営する会社が詐欺のような悪性の強い行為をしたとして非難するものであるから、これが、その一般読者に対し、原告の社会的評価を低下させるものであることは、明らか。
本件記事が公正な論評に当たらないことが明白といえるか
本件記事の本件会社の行為についての「詐欺のような」、「詐欺の可能性が高い」との言及は、本件会社が元本保証と高配当により資金調達を行っていたという事実を前提とする意見又は論評と解すべきである。
上記論評の前提となる事実の主要な点は真実であると認められる。また、上記の有罪判決や新聞報道の時点においては、上記事実は公衆の正当な関心事として公共の利害に関する事項に当たるものであったというべきであって、本件記事の記載内容自体も、原告に対して人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱したものとは認められないから、本件記事は公正な論評に当たるものであった。
こまでであれば、名誉毀損にはあたらず、削除も認められない、との判決になっていたと思われる。この判決の特徴としては、ブログが約10年前の記事と古いものであったところである。
これについては、次のように判断している。
本件記事は、上記判決によって本件会社や原告に係る刑事手続が終了した後にまで長期間にわたって閲覧され続けることを想定して投稿されたものであるとは認め難く、本件記事に引用された新聞記事もインターネット上で一般的に閲覧できる状態ではなくなっており、本件会社の上記行為が上記判決後も継続的に社会の関心事となり続けていることをうかがわせるような事情は見当たらない。
本件記事が前提とする本件会社の上記行為に係る事実は、本件の口頭弁論終結日の時点においては、公的な立場にあるわけでもない原告の社会的評価を低下させる意見又は論評である本件記事を今後も長期にわたり掲載し続けることを正当化するに十分な程度に公衆の正当な関心事であるとはいえず、もはや公共の利害に関する事項に係るものとはいえないことが明白であると認めるのが相当である。
と、たとえ犯罪事実に関するものであったとしても、ブログ記事から約10年経った現在においては、名誉毀損に該当するものと判断した。
本件記事により原告が著しく回復困難な損害を被るおそれがあるか
本件記事は、掲載から11年以上が経過しても、インターネット上の検索サイトで原告の氏名をキーワードとして検索すると表示される状態であり、このような状態は本件記事が削除されない限り今後も長期にわたり継続すると考えられる。
そして、原告が今後、事業等を行うに当たっては、その取引先等の関係者がインターネット上の検索サイトで原告の氏名等をキーワードとして検索を行うことは十分に考えられるところ、その結果として表示される本件記事が、原告が本件会社の代表取締役を務めていることを明記した上で、本件会社が元本保証と高配当により資金調達を行っていたという事実を前提として、「詐欺のような」、「詐欺の可能性が高い」と言及していることからすると、これを閲覧した当該関係者が原告との取引等を回避するという事態を生ずることが想定され、結果的に原告が事業等を続けることが困難になるおそれがあるということは、上記の状態が今後も長期にわたり継続することを考慮すると、単なる抽象的な可能性にとどまらず、十分に現実的なものとして考えられるというべきである。
以上からすれば、本件記事によって原告が著しく回復困難な損害を被るおそれがあると認めるのが相当である。
結論
以上のとおり、本件記事は、原告の社会的評価を低下させるものであり、本件の口頭弁論終結日の時点においては公正な論評に当たらないことが明白であって、これにより原告が著しく回復困難な損害を被るおそれがあると認められることからすれば、名誉権の侵害を理由とする原告の削除請求を認めるべきである。
コメント
同種のものとしては、X(旧ツイッター)へ「逮捕された」とツイートされたものが8年残っていた事案について、それがされた時点では公共の利害に関する事実であったといえるものの,
- 逮捕から約8年が経過し,刑の言渡しはその効力を失っていること
- このツイートに転載された報道記事も既に削除されていることなどからすれば,上記事実の公共の利害との関わりの程度は小さくなってきており
- このツイートは,上記事実を速報することを目的としてされたものとうかがわれ,長期間にわたって閲覧され続けることを想定してされたものであるとは認め難いこと
- 公的立場にある者ではないこと
などの諸事情に照らすと,「逮捕歴がある」との事実を公表されない法的利益がこのツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越するものと認めるのが相当であるとして,削除請求を認容したものがある。
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