
家賃の値上げについて
2025年6月7日
弁護士 松田直弘
「オーナーが変わったら今までの家賃の2.5倍の金額を請求された」という話が話題になっていましたので、家賃の値上げについての基本的なルールを紹介します。
家賃改定通知書
入居者各位
賃貸人●●●●
昨今の物価の上昇、公租公課の上昇を踏まえ、●月分以降の家賃について、以下のとおり改定致しますので、ご容赦ください。
旧 12万円
新 22万円
このような家賃を増額するとの通知が届いた場合、従う他ないのかといえば、そんな事はありません。
賃貸借契約書の確認
まずは賃貸借契約書を確認しましょう。国土交通省が「賃貸住宅モデル契約書」を作成して公開していますが、そこでは、家賃の改定について、次のように記載されています。
なお「家賃」も「賃料」も同じ意味です。
甲及び乙は、次の各号の一に該当する場合には、協議の上、賃料を改定することができる。
一 土地又は建物に対する租税その他の負担の増減により賃料が不相当となった場合
二 土地又は建物の価格の上昇又は低下その他の経済事情の変動により賃料が不相当となった場合
三 近傍同種の建物の賃料に比較して賃料が不相当となった場合
「甲」は貸主、「乙」は借主です。賃料改定自体はあり得る事だとしても、「協議の上」となっています。
すなわち、貸主と借主の双方が賃料を改定する事に合意しないと、賃料は改定されない事になります。
そうため、上記のような賃料改定通知書が届いても、増額を断ればよく、今までどおりの家賃を支払い続ければ良い、という事になります。
一方で、賃貸借契約書に次のように記載されている事もあります。
甲は、乙に対して、次の各号の一に該当する場合には、賃料の増額を請求することができる。
一 土地又は建物に対する租税その他の負担の増減により賃料が不相当となった場合
二 土地又は建物の価格の上昇又は低下その他の経済事情の変動により賃料が不相当となった場合
三 近傍同種の建物の賃料に比較して賃料が不相当となった場合
「甲」が貸主、「乙」が借主なのは変わりませんが、国土交通書の「賃貸住宅モデル契約書」と異なり、「賃料の増額を請求することができる」となっており、貸主が借主に対して、一方的に賃料の増額を請求することができるように読めます。
「モデル契約書」と同じ内容でなければならない、という事はないので、このような定めも有効です。
しかし、たとえ、賃貸借契約書で、貸主が一方的に賃料を増額できるような記載になっていたとしても、貸主の言うがままに賃料の増額が実現できるわけではありません。
借地借家法における賃料増減額の枠組
ここで借地借家法の規定が登場します。
(借賃増減請求権)
第32条
1 建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。
2 建物の借賃の増額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃を支払うことをもって足りる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払った額に不足があるときは、その不足額に年一割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならない。
1項に「借賃の額の増減を請求することができる」とありますが、2項に「建物の借賃の増額について当事者間に協議が調わないときは」とあることから、あくまで「協議」をする事が必要であり、増額を求められた借主は、増額を断る事ができます。
2項にあるように、借主は「相当と認める額」の家賃を支払えば足ります。これは貸主が求めてきた増額後の家賃とは異なるものです。固定資産税や地価の上昇、物価の上昇等を踏まえ、さらに新規に賃貸借契約を結ぶのではなく、「借り続けている」状況も踏まえて算定される客観的に妥当な家賃の金額です。貸主が求めてきた増額後の家賃より、大幅に低い事も、従来の家賃と変わらない事もあります。
貸主としては、増額の協議がまとまらなければ、増額を諦めるか、後述するように、裁判所に調停を申し立てたり、さらに訴訟を提起したりしなければなりませんので、その負担を考えると、借主としては、固定資産税の上昇幅や、地価の上昇幅、物価の上昇割合などを踏まえて、家賃の据え置きや増額幅を抑えるために貸主と交渉する事は有効な選択肢です。
それでも増額を求める貸主の選択肢
当事者どうしの話合いでは納得できる内容の家賃の増額を実現できないと考える貸主は、簡易裁判所に民事調停を申し立てることになります。これは、民事調停法に次のとおり定められています。
(地代借賃増減請求事件の調停の前置)
第24条の2
借地借家法(略)第32条の建物の借賃の額の増減の請求に関する事件について訴えを提起しようとする者は、まず調停の申立てをしなければならない。
民事調停は、簡易裁判所において、裁判官や不動産の専門家から構成される調停委員を間に介して行う話合いです。
その話合いにおいて、合意できる内容があるのか、どうかが探られます。
あくまで話合いですので、決裂することもあります。
家賃の増額を求める民事調停が決裂した場合、それでも求める内容の増額を実現したい場合には、貸主は家賃の増額を求める訴訟を提起することになります。
その訴訟でも話合いで終わることもありますが、最終的には増額すべきなのか否か、増額すべきだとして、客観的に妥当な増額幅はいくらなのか、が裁判所によって判断される事になります。
「オーナーが変わったから」は増額の理由となるのか
「オーナーが変わったから」というのは、家賃増額の理由とはなりません。現行の民法では次のように規定されています。またこの考え方は、従来の判例法理を明文化したものなので、長く借り続けている場合でも同じです。
(不動産の賃貸人たる地位の移転)
第605条の2 (略)その不動産が譲渡されたときは、その不動産の賃貸人たる地位は、その譲受人に移転する。
これは、従来の貸主が物件を売ったとしても、従来の貸主と結んだ賃貸借契約の内容が、そのまま物件の買主(=新しい貸主)に引き継がれるという事を意味しています。
そのため、従来の貸主に支払っていた賃料の金額も、そのまま新しい貸主に引き継がれます。
ですので、「オーナーが変わったから」というのは、賃料を増額する理由とはならないのです。
新しい賃貸借契約書の作成に応じる義務もない
また、「オーナーが変わったので、新しく賃貸借契約書を結ぶ必要がある」と言って、従来の貸主と合意している内容の賃貸借契約とは、異なる内容の賃貸借契約書の作成を求めてきて、その中で家賃が増額されているようなケースもあります。
しかし、上記のとおり、従来の貸主との賃貸借契約の内容がそのまま引き継がれていますので、新しく契約書を作成する必要は全くありません。
仮にこれに応じてしまったら、新しい賃貸借契約の内容で合意した事になってしまいます。
そのような事を求められた場合は、賃料の金額の他、従来の賃貸借契約と比べて、条件が不利に変えられていないかよく確認し、納得がいくものでなければ、応じないとの対応を取る必要があります。
最後に
このように賃料の増額を求められた借主としても、賃料の増額を実現したい貸主としても、対応については、いろいろと検討が必要となってきますので、お困りの場合はご相談される事をお勧めします。
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