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SNSの氏名が伏せられた投稿による名誉毀損が認められた裁判例

2026年3月28日

弁護士 松田直弘

SNSの氏名が伏せられた投稿に対して名誉毀損が認められた裁判例(東京地裁判決令和6年7月18日、(控訴審)知財高裁判決令和7年1月27日)を紹介します。

動画による解説はこちら

事案の概要

本件は、空手道場「C」を経営する原告(被控訴人)が、別の空手道場「D」を経営する被告(控訴人)に対し、Facebook上での投稿によって名誉権および名誉感情を侵害され、さらに営業上の信用を害する虚偽の事実を流布されたとして、損害賠償を求めた事案です。

事案の背景には、原告の道場に所属していた元指導員Fの妻Eが、稽古中の事故(本件事故)を理由に原告を訴えた別件訴訟があります。この別件訴訟では、原告(道場主)の責任を否定する判決が出されましたが、Fがこれに不満を持ち、Facebookで「道場主から後遺症が残るほどの大怪我を負わされた」といった趣旨の投稿(元投稿)を行いました。

被告はこの元投稿を引用し、「道場内は治外法権か」といったコメントや、「鬼畜道場主」といった侮辱的文言を含む計5件の投稿(本件各投稿)を行いました

原告は、これらの投稿が名誉毀損、名誉感情侵害、および不正競争防止法2条1項21号(虚偽事実の流布)に当たると主張し、380万円の支払いを求めました。

争点

1.同定可能性の有無

氏名が記載されていない投稿において、対象者が原告であると認識できるか。

2.名誉毀損の成否

投稿内容が原告の社会的評価を低下させるか、また事実の摘示として真実性・相当性があるか。

3.不正競争の成否

原告と被告に「競争関係」があり、虚偽の事実を流布したといえるか。

4.名誉感情侵害の成否

「鬼畜」等の表現が社会通念上許容される限度を超えているか,。

  1. 損害の発生およびその額,。

結論

裁判所(一審および控訴審)は、原告の請求を一部認め、被告に対し28万円(慰謝料等)および遅延損害金の支払いを命じました,,。

同定可能性の有無について

1.「同定可能性」とは何か

「同定可能性」とは、ある投稿や記事において実名が伏せられていたり匿名の表現が使われていたりする場合に、その内容が「特定の人物(原告)を指していると識別できること」を指します。

2.「同定可能性」はなぜ必要か

社会的評価の低下

名誉毀損の本質は、その人が社会から受ける「客観的評価」を低下させることにあります

誰について書かれたものか特定できなければ、その人の社会的評価が下がることもあり得ないため、対象者が特定される必要があります

 

不正競争における「他人」の特定

不正競争防止法2条1項21号(虚偽事実の流布)においても、営業上の信用を害される「他人」が誰であるか特定されていることが要件となります

3.同定可能性の判断基準

1.基本的な判断基準

ある投稿に実名が記載されておらず匿名の人物(「道場主」など)として描かれている場合、その人物が原告であると同定できるか否かは、「原告と面識がある、または原告に関する知識を有する者の普通の注意と読み方」を基準として判断されます。

  • 不特定多数である必要はない:必ずしも世間一般の誰もが原告だと分かる必要はなく、原告を知る人が見て「これはあの人のことだ」と識別できれば足ります。
  • 属性の組み合わせ:氏名がなくても、経歴、所属、過去の事件などの属性を組み合わせることで、特定の個人を指していると十分に認識できる場合があります。

2.「特定少数」による同定と伝播可能性

同定できる者がたとえ「特定少数」であっても、名誉毀損は成立し得ます。

  • 流布のおそれ:その投稿を閲覧し、原告であると同定した者が、その内容をさらに他へ広める(伝播する)おそれがあるときは、原告の社会的評価を低下させるものと認められます。
  • 本件の当てはめ:本件では、被告のFacebookフォロワーの中に、原告や元指導員Fと面識のある空手関係者が複数含まれていました。空手道場の信頼性や安全性に関わる投稿内容は、これらの関係者を通じてさらに空手界隈に広まる可能性が高いと判断されました。

3.SNS(Facebook)特有の事情と検索可能性

控訴審判決では、現代のインターネット環境を踏まえた判断も示されています。

  • シェア機能と通知:Facebookの「シェア機能」により、元の投稿(元投稿)から被告の投稿へハイパーリンクでつながることや、関連するコメント投稿によって関係者に通知が届く仕組みが考慮されました。
  • 検索・調査による特定:投稿内容をきっかけに、ネット検索などを用いて少し調べれば原告に到達できる場合、その「知識」を前提として同定可能性が肯定される傾向にあります。

4.名誉毀損と名誉感情侵害の区別

同定可能性の要件は、侵害される権利の種類によって判断の重みが異なります。

  • 名誉毀損(社会的評価の低下):社会からの客観的な評判が問題となるため、他人が見て「誰のことか」分かること(同定可能性)が厳格に求められます。
  • 名誉感情侵害(主観的なプライドの侵害):本人の心が傷つくことが問題であるため、原告本人が「自分に関する投稿だ」と認識していれば、他人が見て同定できるか否かは直ちに結論を左右しないとされています。

5.結論

まとめると、同定可能性の判断基準は、「事情を知っている人が見て誰か分かり、かつ、その情報が広まる可能性(伝播可能性)があるか」という点に集約されます。実名を伏せれば責任を免れるわけではなく、周辺情報から対象者を特定できる状態であれば、法的な責任が発生します。

名誉毀損の成否となるか

1.社会的評価の低下

 

投稿された内容が、原告の社会的地位を具体的に傷つけたと認定されました。

  • 指導者としての資質への疑義:空手道場の経営者・指導者である原告が、門下生に後遺症が残る怪我を負わせ、かつそれに対して開き直っているかのような印象を与える投稿は、原告の資質や道場の安全性に関する信用を明らかに損なうものとされました。
  • 故意の傷害罪という主張:被告が投稿の中で「完全なる故意の傷害罪」などの表現を用いたことも、原告の社会的評価を低下させる要因となりました。

2.投稿内容の虚偽性(真実性の欠如)

裁判所は、被告の投稿が前提としていた「事実は虚偽である」と判断しました。

  • 怪我の程度と後遺症の不在:被告の投稿は、原告が稽古中に「後遺症が残るほどの大きな怪我を負わせた」という事実を前提としていました。しかし、医師の診断書やカルテには、本件事故に起因すると考えられる客観的・他覚的な所見(医学的な裏付け)は認められませんでした。
  • 別件訴訟の結果:先行して行われた損害賠償請求訴訟(別件判決)においても、「事故によって負った傷害は重くはなかった」と認定されていました。
  • 信じる相当性の欠如:被告は、元指導員Fの妻であるEのブログ記事などを根拠としていましたが、裁判所は「当事者のブログを軽信したにすぎず、真実と信じるについて相当な理由はない」と断じました。

不正競争(虚偽事実の流布)の成立

被告の行為が、単なる誹謗中傷を超えて、営業上の妨害(不正競争)に当たると判断されました。

  • 競争関係の認定:原告と被告は、流派や所在地(埼玉県と大阪府)こそ異なりますが、共に「空手の指導」という役務を提供する者であり、需要者(門下生候補など)を共通にする可能性があるため、法律上の「競争関係」にあると認められました。
  • 営業上の信用の毀損:原告の道場の安全性や指導力を否定する虚偽の事実を、空手関係者も含む多数のフォロワーがいるFacebook上で広めたことは、原告の営業上の信用を害する行為と認定されました。

名誉感情侵害(侮辱的な表現)

  • 「鬼畜」等の文言:被告は投稿の中で、原告を指して「鬼畜道場主」「鬼畜の所業」といった表現を使用しました。
  • 受忍限度の超過:「鬼畜」とは残酷で非道な行為をする者を指す言葉であり、指導者としての立場を鑑みても、これらの表現は社会通念上許容される限度を超えた侮辱に当たると判断されました。

まとめ

これらの事実を総合し、裁判所は被告の投稿が名誉毀損、名誉感情侵害、および不正競争防止法違反のいずれにも該当すると結論付け、不法行為に基づく損害賠償責任を認めました。

 

損害額の算定:

 損害の内訳は、名誉毀損による慰謝料5万円、虚偽事実流布による無形損害10万円、名誉感情侵害による慰謝料10万円、弁護士費用3万円の計28万円とされました。実名を挙げていないことや、被告が故意に虚偽を述べたわけではない(Fの投稿を軽信した)点などが考慮されています。