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パワハラによる自死が労災に当たるかが争われた裁判例

2026年3月30日

弁護士 松田直弘

パワハラによって精神疾患を発病し、自死に至ったとして、労災が認定された裁判例(名古屋高裁判決令和6年9月12日判決、(原審)名古屋地裁令和5年6月12日判決)を紹介します。

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事案の概要

本件は、信用金庫の職員であったA(以下「本件労働者」)の父である原告が、息子は業務上の過大な営業目標(ノルマ)の設定や上司によるパワーハラスメント等により精神障害を発病して自死したとして、労働者災害補償保険法(労災保険法)に基づく葬祭料の支給を求めた事案です。 処分行政庁が、精神障害の発病が認められないことなどを理由に不支給決定処分をしたため、その取り消しを求めて提訴されました。

争点

1.精神障害を発病していたか

2.精神障害の発病および自死は業務に起因したものか

一審の判断

請求棄却

裁判所は、業務による心理的負荷が精神障害を発症させるほど強度であったとは認められず、精神障害の発病も認められないとして、原告の請求を退けました。

二審の判断

原判決取消し、不支給決定処分の取消し

裁判所は、一審とは対照的に、本件労働者の精神障害の発病を認め、その業務起因性(労災)も肯定しました。

精神障害の発病(争点1)についての一審と二審の比較

一審の判断:発病を否定

一審は、診断ガイドライン(ICD-10)の診断基準を満たす客観的な事実が認められないとして、精神障害の発病を否定しました。

  • 重視された事実関係:
    • 就労の継続: 自死の直前まで遅刻や欠勤がなく、通常通り就労を継続していたこと。
    • 社会的活動: 自死の直前まで趣味のフットサルの練習や同僚との飲食に参加していたこと。
    • 周囲の観察: 複数の同僚が、自死直前まで本件労働者の様子に異常を感じていなかったこと。
    • 遺書の客観性: 遺書(メール)が理路整然と書かれており、業務の引き継ぎ内容も客観的事実と整合しているため、正常な判断能力の下で書かれたと判断しました。

判断の概要:

 抑うつ気分の可能性は否定できないものの、症状の継続性が認められず、「興味と喜びの喪失」や「易疲労性」といった定型症状を欠くため、うつ病エピソードの診断基準を満たさないと結論付けました。

二審の判断:妄想型うつ病の発病を肯定

二審は、一審では十分に考慮されなかった家族や友人の証言を詳細に検討し、自死の約1か月前には「妄想型うつ病」を発病していたと認定しました。

  • 重視された事実関係:
    • 顕著な変化(変容): 自死の1〜2か月前から、以前は話していた楽しい話題が一切消え、「仕事がつらい」「辞めたい」という暗い話ばかりになり、目がうつろで「死んでいるような顔」になっていたこと。
    • 身体的症状: 以前の半分ほどしか食べられなくなるほどの食欲不振(おにぎりしか食べられない等)や、深刻な不眠が生じていたこと。
    • 回避行動: 普段は断ることのない親友からの食事の誘いを「体調が悪い」と拒否したこと。
    • 態度の変化: 以前は上司の理不尽な指導に反論することもあったが、直前には「横領」などの激しい罵倒に対しても全く言い返せなくなるほど状況が悪化していたこと。

「妄想」の評価:

 遺書に記された「ダメな旦那」「ダメ息子」「全て自分の弱さが招いた」といった表現を、単なる自信喪失ではなく、客観的事実(上司の理不尽な指示など)を歪めて自分を責める「微小妄想」や「罪業妄想」であると評価しました。

引き継ぎの解釈: 

遺書に引き継ぎがあることは、正常な判断能力の証拠ではなく、むしろ「自死以外の選択肢を失い、自死を強固に決意していたこと」の表れであると解釈しました。

判断の概要:

 定型症状の全てを満たし、他の一般症状も重症であったことから、「重症うつ病エピソード」に該当し、妄想も認められることから「妄想型うつ病」を発病していたと判断しました。

判断の分かれ目

結論を分けた最大の要因は、「誰の目から見た事実を重視したか」にあります。一審は職場での表面的な勤務状況や同僚の視点を重視しましたが、二審は控訴審で行われた妹の証言などを通じ、プライベートな場で見せていた深刻な心身の変調を重く評価しました。

精神障害の発病および自死は業務に起因したものか(争点2)についての一審と二審の比較

1.営業目標(ノルマ)と「自爆営業」の評価

一審と二審では、ノルマの過酷さとその達成手段に対する評価が大きく分かれました。

一審の判断(評価:弱)

 営業目標は職員の意見も聞きながら設定されており、達成できなくても直ちに不利益が課される証拠はないとしました。親族名義で契約を結ぶ、いわゆる「自爆営業」についても、通常の営業活動の範囲を超えるとは言えず、自死に近接した時期に行われていた根拠もないとして、心理的負荷を「弱」と判定しました。

二審の判断(評価:強に近い中)

 二審は「自爆営業」を、通常の営業範囲内とは到底言えないと断じました。本件労働者は、既に親族名義の契約が限界に達していたにもかかわらず、上司から継続を要求され、「案件を獲らぬ者は給料泥棒」といった罵倒を日常的に受けていたことを認定しました。これは目標未達成に対する実質的なペナルティであり、「強」に近い「中」の負荷であったと評価しました。

2.日常的な指導・パワーハラスメントと「二律背反」の状況

職場での日常的な叱責が、単なる業務指導か、あるいは逃げ場のないパワハラであったかが争点となりました。

一審の判断(評価:弱)

 上司が大きな声で叱責したり、「横領」等の強い表現を用いたりしたことは認めましたが、それは事務ミスの改善を促す趣旨であり、業務上必要かつ相当な範囲を超えないと判断しました。昼食をとらないことへの叱責も、コンプライアンス上の理由(外出による紛失リスク等)があり、正当な指導であるとしました。

二審の判断(評価:強)

二審は、本件労働者が置かれていた状況を「二律背反(ダブルバインド)」であると鋭く指摘しました。

 

    • 進退窮まった状況: 顧客対応に時間をかければ事務処理が終わらず、残業も認められないため、止むを得ず昼食時間を犠牲にしていた状況があった。それに対し上司は、昼食をとらないことを理由に「人事考課を下げる」と脅し、一方で案件が獲れなければ「給料泥棒」と罵るという、事実上不可能な対応を強いていました
    • ターゲット化: 本件労働者が特定の叱責ターゲットにされており、組織としてもパワハラを訴えても改善されない体制であったことから、心理的負荷は「強」に該当すると認定しました。
3.自死直前の出来事(特定事案への叱責)

自死の引き金となった直近の叱責(住宅ローン案件およびカードローン案件)についての評価です。

一審の判断(評価:中)

 住宅ローン案件の破談に伴う叱責は、普段より強い態様であったものの、精神疾患を発症させるほどではないとしました。カードローン案件での「横領」等の言葉も、引継ぎ不備への指導文脈であり、相当な範囲を超えないとして、全体として「中」を超える負荷は認めませんでした。

  • 二審の判断(評価:単独でも強)

 二審は、これら直前の叱責を「理不尽かつ激烈」なものとして極めて重く評価しました。

    • 責任の転嫁: 住宅ローン案件の失敗は、上司が無理に同意書取得を指示したことが原因であるにもかかわらず、その責任を労働者に一方的に押し付け、周囲が「理不尽」と感じるほどの叱責を行いました。自分の不適切な指示を棚上げして部下に全責任を負わせる行為は業務上の必要性を欠き、単独でも心理的負荷は「強」であるとしました。
    • 犯罪者扱いの苦痛: 前任地区の引継ぎ不備に対し、「横領」「使い込み」といった言葉を繰り返し用いて激しく叱責しました。金融機関職員にとって、事実無根の「横領」という言葉で繰り返し責められることは耐え難い苦痛であり、もはや指導ではなく「いじめ」であると断じました。 これらは単独でも「強」に該当し、日常的なパワハラに追い打ちをかける決定的な負荷となったと結論づけました。
4.労働時間と休日・私生活への侵食

一審の判断(評価:弱)

 時間外労働は月約23〜37時間程度であり、認定基準の「強」の目安(月80時間以上)に遠く及ばないため、負荷は「弱」としました。

二審の判断(評価:中)

 二審は数字に表れない負担を重視しました。過酷なノルマのために休日も「ローラー活動(戸別訪問)」を行わざるを得ず、さらに上司のゴルフの送迎までさせられていた実態を認定しました。これにより平穏な休日がほぼ失われていた状況を考慮し、労働時間・休日の負荷を「中」と評価しました。

5.結論

二審は、これら「強」に該当する複数の要因が重なった結果、労働者は自死以外の選択肢が見出せない状態に陥ったと認定しました。

業務以外に精神障害を発症させるような要因が認められないことから、業務と発病および自死との間の相当因果関係を肯定しました。