いじめに関する小学校教員らの対応に違法性がないとされた事例
2026年8月3日
弁護士 松田直弘
発達障害を抱える公立小学校の児童が、同級生からのいじめに対して学校側が適切な対応を怠ったと主張し、市を相手に損害賠償を求めた事例(大阪地裁堺支部判決令和7年9月18日)を紹介します。
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事案の概要
本件は、M市内の公立小学校に通っていた原告(自閉症スペクトラム障害及びADHDの診断を受けた女子児童)が、同級生からいじめを受けたことに関する国家賠償請求事件です。
原告は、小学校の教員ら及び市教育委員会職員らが、いじめに対して適切な調査や措置を講じる義務を怠ったために精神的苦痛を被ったと主張し、学校等の設置者である被告に対して、国家賠償法1条1項に基づき慰謝料等165万円の支払いを求めました。
いじめの具体的な出来事としては、
- 体育のチーム分けをめぐる口論(本件出来事1)
- 遊びの誘いを断るような「こそこそ話」(本件出来事2)
- 交換ノートの原告の名前等の塗りつぶし(本件出来事3)
- 靴の中に小石等を入れられた事案(本件出来事4)
の4件が挙げられています。
争点
本件の主な争点は以下の通りです。
- 本件小学校教員ら及び本件教育委員会職員らの対応等の国賠法1条1項の違法性の有無(教員等に発達障害の特性を踏まえた調査・防止等の注意義務違反があったか)。
- 損害の発生及びその数額、因果関係。
結論
注意義務の発生と内容
裁判所は、法令の規定や原告がいじめ被害を訴えていた経緯などを踏まえ、教員ら及び教育委員会職員らには、原告の発達障害の特性を踏まえながら、いじめについて調査し、再発を防止するための措置をとるべき義務があったと認定しました。
「注意義務違反」が否定された理由
1.各出来事に対して、教員らが迅速かつ具体的な対応を行っていた
裁判所は、4つのいじめ事案(本件出来事1〜4)のそれぞれについて、教員らが原告の「発達障害の特性」を踏まえた上で、調査や再発防止のための措置を具体的に講じていたと評価しました。
①体育のチーム分けでの口論(本件出来事1)
トラブル発生後直ちに事実を認識し、メンバーの並び直しや指導を行いました。翌日には関係児童から個別に聴き取りを行い、原告に対して謝罪させ、原告も「納得した」と話すなど解決に向けた対応をとっていました。
②こそこそ話(本件出来事2)
当日中に事実を認識し、相手児童に対して「自分たちにその気がなくても、耳打ちしている様子は相手を不安にさせることがある」と指導し、相手の気持ちを考えさせる指導を継続しました。学校の指導方針と母親の求める方針に違いはあったものの、特性を踏まえた措置をとったと認められました。
③交換ノートの塗りつぶし(本件出来事3)
翌日には事実を認識し、加害児童から理由を聴き取った上で内省を深めさせ、謝罪の場を設定しました(加害児童は泣きながら謝罪し、原告も「ごめんね」と返しました)。また、専門家の派遣申請等の対応も行いました。
④靴の中に小石(本件出来事4)
発見当日にクラス全員から聴き取りを実施し、教育委員会にも報告しました。翌日には緊急の道徳の授業や保護者会を開催し、原告の発達障害の特性を説明して他の児童や保護者に理解と配慮を求めました。後日加害者が判明した際には、「いかなる理由があってもいじめは許されない」と厳格に指導し、再度謝罪の場を設定しました。
2.教育委員会も適時に関与し、指導・助言を行っていた
教育委員会職員らについても、事前に原告の発達障害について認識しており、スクールソーシャルワーカーの学校訪問を調整するなどの対応を行っていました。
各出来事の発生時にも、学校から適時報告を受け、学校に対する指導や助言を行ったり、重大事態の報告を受けて所定の手続きをとったりするなど、再発防止に向けた措置を講じていたと認定されました。
3.「結果的に再発を防げなかったこと」=「違法」ではない
国家賠償法上の違法性は、公務員が「職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく、漫然と当該行為をした」といえる場合にのみ認められます(職務行為基準説)。
裁判所は、結果的に本件出来事1〜3の後に別のいじめ(出来事4など)が発生してしまい、いじめの再発を完全に防止できなかったとしても、教員らがその都度対応(再発防止のための措置等)をとっていたことに着目しました。
結果を防げなかったという点のみをもって、直ちに「法的義務に違反した」とはいえないと判断しました。
「重大事態調査報告書」と違法性の関係
1.調査報告書の目的と民事責任の区別
裁判所はまず、いじめ重大事態調査委員会の調査目的について、「事実関係やその背景にある事情の究明、再発防止に向けた提言」であって、「民事責任の所在を明らかにするものではない」と指摘しました。
つまり、報告書は将来のいじめを防ぐための「改善点」を洗い出すためのものであり、そこで問題点が指摘されたからといって、それが直ちに法的義務違反(違法性)に結びつくわけではないという前提に立っています。
2.報告書で指摘された具体的な問題点
実際に、本件調査報告書では、学校や教育委員会の対応について以下のような多岐にわたる問題点が厳しく指摘されていました。
学校の対応の問題点:
いじめに対する認識不足、組織としての機能の不十分さ、外部専門家との連携不足、発達障害を踏まえた対応の不足、保護者との意思疎通不足。
教育委員会の対応の問題点:
いじめ解決に向けた保護者との連携不足、学校への丁寧な助言・指導の欠如、専門家派遣の検討の欠如、教員に対する研修の不十分さ。
3.問題点に対する裁判所の法的評価
裁判所は、結果的に「重大事態」に発展してしまった以上、報告書の指摘には真摯に耳を傾け、同種事案の再発防止策を検討すべきである(組織的な対応に課題を残すものであった)と一定の評価をしました。
しかし、その上で、「より良い対応ができたはずだ(課題がある)」ということと、「法的な義務に違反した(違法である)」ということは別次元の問題であるとして、以下のように違法性を否定しました。
- 認識や連携について: 総合的に検証して改善すべき点はあるものの、教員らが事実を全く認識していなかったわけではなく、法的義務に違反するほど認識や連携が欠如していたとはいえない。
- 組織体制や専門家連携について: 会議の記録化や組織内での共有が不十分で、個々の担当者に委ねられていた面(組織としての課題)はあるが、法的義務に違反するほど体制が不十分であったとはいえず、専門家派遣の申請時期が遅すぎて違法だともいえない。
- 発達障害への対応について: ガイドライン等を踏まえてさらに理解を深め、指導に注力すべきではあるが、実際の対応(特性を踏まえた聴き取りや指導など)が法的義務に違反するほど不足していたとはいえない。
- 教育委員会の指導・研修について: 対応が万全であったとは言い難いものの、学校への助言・指導が「丁寧さを欠く」からといって直ちに法的義務違反になるわけではなく、研修等が不足して違法であったとまではいえない。
要するに、調査報告書は「あるべき理想の姿」や「結果論からの反省」に基づく厳しい評価を下していますが、裁判所は「法的義務」という最低限のハードル(注意義務)はクリアしていた(完全に放置したわけではなく、その都度必要な措置は講じていた)と判断しました。
そのため、報告書で種々の問題点が指摘されていることから直ちに、学校や教育委員会の対応が国家賠償法上の違法行為になるわけではないと結論付けています。