「明日から学校に来させないでほしい」との告知が教育指導上の裁量権の範囲を逸脱・濫用するとされた事例
2026年8月6日
弁護士 松田直弘
学校が問題行動を繰り返す生徒の保護者に対し、明確な期限を定めず登校を控えるよう通告したことについて、これが事実上の無期限停学や自主退学の促しにあたり、適切な手順や配慮を欠き、教育的裁量の逸脱・濫用に該当するため、国家賠償法上の違法性があると判断された事例(広島地裁令和7年5月27日)を紹介します。
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事案の概要
本件は、広島市立A高校(被告高校)に在籍していた原告(当時高校2年生)の母親に対し、同校の校長が「明日から原告を学校に来させないでください」と告げたこと(本件告知)に関する国家賠償請求事件です。
原告は、この告知が適正な手続きによらない違法な退学処分または無期限の停学処分等に当たり、これにより転学を余儀なくされたと主張し、転学に要した費用や慰謝料など合計230万4753円の支払いを求めました。
争点
主な争点は、本件告知の違法性です。
原告の主張:
本件告知は実質的な退学処分または無期限の停学処分に当たるが、法令に定める要件を満たしておらず手続き保障も尽くされていない違法な処分である。仮に処分ではなく「家庭反省指導」だとしても、期間や趣旨を示さず、保護者の理解も得ていないため、指導を行わずに自宅に居させる違法な措置(家庭待機)である。
被告の主張:
本件告知は退学処分や停学処分ではなく、教育的指導としての「家庭反省指導」である。長期間の指導でも原告の状況が改善されなかったことや、母親から同意を得られたと認識するような反応があったことなどを考慮すれば、指導期間を示さずに行ったことには必要性・相当性があり、適法な裁量の範囲内である。
結論
被告(広島市)に対し、国家賠償法上の違法行為があったと認め、原告へ慰謝料等として20万円(および遅延損害金)を支払うよう命じました。一方で、転学に要した費用についての賠償請求は棄却されました。
違法性の認定について
1.本件告知の性質の認定
裁判所はまず、面談時に校長が「退学や停学処分ではない」と明言していたことなどから、本件告知の性質は懲戒処分ではなく、学校の内規に基づく「家庭反省指導」にとどまると認定しました。
その上で、当時の原告の態度悪化等を踏まえれば、家庭での反省を指示すること自体には一定の合理性があったとしています。
2.家庭反省指導における違法性の判断基準
一方で、家庭反省指導は必然的に生徒が学校で学ぶ機会を奪うものであり、その手順や内容によっては、生徒や保護者に「事実上強制の停学措置」や「これに伴う自主退学勧告」として受け止められかねない性質があると指摘しました。
そのため、実施にあたっては少なくとも保護者の理解を前提とする必要があり、教育機会の制限に見合う「適正な手順・対応」と、強制的な停学等と受け止められないための「十分な配慮」が必要不可欠であると判断基準を示しました。
これらを著しく欠く態様で行われた場合は、教育指導上の裁量権の範囲を逸脱・濫用するものとして国家賠償法上違法になり得るとしました。
3.本件告知における具体的な問題点(あてはめ)
この基準に照らし、本件において裁判所は以下の点から校長の対応を問題視しました。
- 本件告知がどのような趣旨のものであり、家庭でどのような検討や反省をすれば授業に復帰できるのかについて、一切説明をしなかったこと。
- 指導期間がどの程度続くのかといった、家庭内での指導を受け入れるかどうかを判断するために必要な情報を何ら提供しなかったこと。
- 告知後、原告の母親がすぐに転学の手続きを取ろうとした際も、その決断に至った経緯を確認したり思いとどまらせたりするような行動に一切出ず、転学に向けた準備を進める態度を示したこと。
4.違法性の結論
上記の一連の対応を踏まえ、裁判所は、本件告知は原告や母親に対して「転学をも選択肢として検討せざるを得ない」と認識させるに足りる態様のものであり、校長もそれを十分念頭に置いていたと判断しました。
そのため本件告知は、保護者の理解を得て生活を振り返るための時間を設けるという本来の指導の趣旨とは到底評価できず、基本的には「事実上の無期停学状態にした上で、自主退学を促すことに主眼を置いてされたもの」であると断定しました。
結論として、家庭反省指導において履践すべき適正な手順・対応や必要な配慮を著しく欠いており、教育指導上の裁量権を逸脱・濫用するものとして違法行為であると認定されました。
損害の認定
転学については、客観的に高校に通い続ける道が完全に閉ざされたわけではなく、最終的に原告や家族の判断で決断したものであるため、本件告知によって転学を余儀なくされたとまでは言えないとして、転学費用の賠償請求は認められませんでした。
慰謝料については、違法な措置によって原告が学校内の地位を著しく不安定にされ、短期間で転学の重い決断を迫られたことによる精神的苦痛が認められました。
ただし、原告自身が問題行動を繰り返し改善意欲を持たなかったことなど、自ら学習環境を変えざるを得ない状況を作出した面も否定できないとして、20万円の慰謝料が相当であると判断されました。