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長期間の自宅待機命令が違法とされた一方で出勤を求める業務命令違反による懲戒解雇が有効とされた裁判例

2026年4月16日

弁護士 松田直弘

事案の概要

本件は、メガバンクの銀行員であった原告が、約4年半(平成28年4月〜令和2年10月)に及ぶ長期の自宅待機命令を受け、その後に命じられた業務命令への違反や欠勤を理由に懲戒解雇された事案です。

 

原告は、職場での人間関係のトラブルや上司への反抗的な態度などを理由に自宅待機を命じられました。

待機期間中、原告は職場復帰を希望しましたが、被告(銀行)は具体的な復帰先を提示せず、実質的な退職勧奨として自宅待機命令を継続しました。

その後、被告が原告に対し、就労意思の確認や出社を命じたものの、原告がこれに応じず外部機関への「内部告発」などを繰り返したため、被告は業務命令違反等を理由に原告を懲戒解雇しました。

原告は、解雇の無効と地位確認、および違法な自宅待機命令等に対する損害賠償を求めて提訴しました。

争点

1.本件解雇(懲戒解雇)の有効性

業務命令違反や無断欠勤に「正当な理由」があったか。

 

2.賃金請求権の有無

解雇後の未払賃金や賞与の支払義務があるか。

 

3.自宅待機命令等の違法性と損害額

長期間の自宅待機命令が不法行為(違法な退職勧奨)に該当するか、および慰謝料等の損害額。

結論

1.懲戒解雇は有効とされました。

 

2.解雇後の賃金請求は棄却されました。

 

3.自宅待機命令は一部期間(約4年間)について違法な退職勧奨として不法行為の成立が認められ、被告に対し330万円(慰謝料300万円+弁護士費用30万円)および遅延損害金の支払が命じられました。

懲戒解雇の有効性について

1.懲戒事由への該当性(業務命令違反と欠勤)

裁判所は、原告の行為が就業規則上の懲戒事由(業務上の命令に従わない、正当な理由のない欠勤等)に該当すると認定しました。具体的には以下の事実が考慮されています。

  • 繰り返された業務命令: 被告(銀行)は原告に対し、計13回にわたり復帰希望地や健康状態の回答を求め、計9回就労意思を確認し、さらに2回の出社命令を出しました。
  • 回答の拒絶と不就労: 原告はこれらに対し一切回答せず、出社もしなかったため、少なくとも令和2年11月15日以降は「無断欠勤」の状態にあったと判断されました。

2.「正当な理由」の不在

原告は業務命令に従わなかったことについて複数の理由を主張しましたが、裁判所はいずれも「正当な理由」にはならないと退けました。

  • 健康状態と外部活動の矛盾: 原告は「精神疾患により回答や出社が不可能だった」と主張しました。しかし、その期間中にマスメディアや外部機関へ活発に「内部告発」などの書面を送付していた事実から、銀行の問いに回答できないほどの健康状態であったとは認められないと判断されました。また、一度も診断書を提出していなかった点も指摘されています。
  • 先行する違法行為との切り離し: 裁判所は、過去の自宅待機命令が一部違法であったとしても、「会社が先行して違法行為をしたからといって、労働者が以後の業務命令に一切従わなくてよいことにはならない」と判示しました。
  • 命令の具体性: 出社命令に具体的な場所等の記載がなかったという主張に対しても、原告にそもそも出社や確認の意思がなかった以上、正当な理由にはならないとされました。

3.処分の相当性と改善の可能性

解雇が「社会通念上相当」であるかを判断する際、以下のプロセスが重視されました。

  • 段階的な懲戒: 被告は、いきなり解雇するのではなく、厳重注意、譴責、1か月間の出勤停止と、段階を踏んで改善の機会を与えていました。
  • 改善の見込み: 累次の処分を受けても原告の対応に変化がなく、業務命令に従わない意思を「確定的かつ終局的に示している」として、改善の可能性はないと判断されました。
  • 企業秩序への影響: 正当な理由のない長期の欠勤や命令違反は重大であり、これを放置すれば企業秩序を維持することは不可能であると結論付けられました。

以上の事情を総合的に検討した結果、本件解雇は客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当なものであるとして、「有効」と判断されました。

自宅待機命令の有効性について

1.実質的に「退職以外の選択肢を与えない状態」の継続

裁判所は、本件の自宅待機命令を単なる業務命令ではなく、実質的に退職勧奨が継続している状態であると認定しました。

  • 退職勧奨に引き続いて自宅待機命令が出され、その間も「ポストを用意することが困難である」として退職を勧める発言が繰り返されていました。
  • 復帰先も提示されないまま自宅待機が続けられたことは、原告に対し「退職以外の選択肢を与えない状態」を強いたものであり、これが社会通念上許容される限度を超えていると判断されました。

2.復職希望後の「具体的調整の欠如」

 

原告が職場復帰の意思を明確に示した後も、被告(銀行)が適切な対応を取らなかったことが重く見られています。

  • 裁判所は、原告が復帰を明確に求めた時点(地裁:平成28年8月9日、高裁:同年10月25日の面談以降)で、被告は退職の意思がないものとして復帰先の具体的調整を開始すべきであったと指摘しました。
  • 遅くとも平成28年12月頃には具体的な復帰先を提示すべきであったにもかかわらず、被告はその後も特段の連絡をせず、復帰先を検討したことを裏付ける客観的な証拠も存在しませんでした

3.「通常想定し難い異常な事態」としての長期性

約4年半(裁判所が違法と認定したのは約4年間)にわたる自宅待機は、「通常想定し難い異常な事態」であると判示されました。

  • 原告が自宅待機命令の違法性を訴えたり「内部通報」を行ったりしても、被告は直ちに対応せず、不誠実な対応を続けた結果としてこれほどの長期に及んだと指摘されています。

以上のことから、被告の対応は単なる自宅待機命令の枠を超え、「労働者を精神的に追い詰めて退職を余儀なくさせる不当な目的」や「誠実な復職支援の欠如」があったとみなされ、不法行為を構成する違法な退職勧奨であると結論付けられました。

違法な退職勧奨と有効な懲戒解雇の関係

1.先行する違法行為と後行の業務命令遵守義務の切り離し

 

裁判所は、会社側が過去に違法な行為を行ったとしても、それによって労働者の就労義務や業務命令に従う義務が将来にわたって全て免除されるわけではない、という原則を明確に示しました。

  • 「被告(銀行)が先行して違法な行為をすれば、原告(労働者)は、以後、被告の業務命令に従わなくてよいということにならないのは当然である」と判示されています。
  • 自宅待機命令によって原告が被告に不信感や恐怖心を抱いた可能性は認めつつも、そのことが直ちに後の業務命令違反や欠勤を正当化する理由にはならないと判断されました。

まとめ

裁判所は「約4年間の自宅待機は違法な退職勧奨であり、それに対する損害賠償(慰謝料)は認める」とする一方で、「そのことと、労働者として後の正当な業務命令に従う義務を放棄し続けることは別問題である」として、懲戒解雇の有効性を認めました。