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退任取締役の退職慰労金を減額する内容の取締役会決議に裁量濫用がないとした 裁判例

2026年5月28日

弁護士 松田直弘

退任取締役の退職慰労金について内規に従って決定することを取締役会に一任する旨の株主総会決議がされた場合に,上記退任取締役に対し上記内規の定める基準額から減額した退職慰労金を支給する旨の取締役会決議に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるとはいえないとされた裁判例(宮崎地裁判決令和3年11月10日、(控訴審)福岡高裁判決令和4年7月6日、(上告審)最高裁判決令和6.7.8)を紹介します。

動画による解説はこちら

事案の概要

株式会社●●(被告・控訴人・上告人)の代表取締役社長を退任した原告(被控訴人・被上告人)が、会社の株主総会において、取締役退任慰労金内規(以下「本件内規」)に基づいて退任慰労金を原告に支払うことを取締役会に一任する旨の決議がされたにもかかわらず、代表取締役が故意又は過失によってこの委任の範囲又は本件内規の解釈・適用を誤ったと主張した事案です。

 

原告は、取締役会において基準額から1億8500万円を超える減額を行う旨の決議がなされたとして、会社に対しては会社法350条又は不法行為に基づき、代表取締役に対しては会社法429条1項又は不法行為に基づき、損害賠償等の支払いを求めました。

争点

主な争点は以下の点です。

  • 本件株主総会決議は、原告に支給する退任慰労金につき、本件内規を適切に解釈適用し、その額を算定することを取締役会に委任するものか(争点1)。
  • 本件取締役会決議は、本件内規に基づく基準額のとおりの退任慰労金を支給することを決議した上、特別減額を決議したものか(争点2)。
  • 本件取締役会決議は、本件株主総会決議で与えられた裁量を逸脱ないし濫用したものか(最高裁における主要な争点)(争点3)。
  • 代表取締役が会社の職務を執行するに当たって本件株主総会決議の委任の範囲又は本件内規の解釈適用を誤った過失等があったか(争点4)。

争点1について

本件株主総会決議は、原告(被控訴人)に支給する退任慰労金につき、本件内規を適切に解釈適用し、その額を算定することを取締役会に委任するものであったと認定されました。

争点2について

本件取締役会決議は「基準額のとおりの退任慰労金を支給することを決議した上で、特別減額を決議したものではない」と判断されました。

株主総会決議で与えられた裁量を逸脱ないし濫用したものか

以下の理由から、最高裁は取締役会は広い裁量権を有すると認めました。

そして、取締役会の決議に裁量権の逸脱や濫用があると言えるのは、「その判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理である場合に限られる」という基準を示しました。

減額規定の性質と趣旨:

本件内規の減額規定(「在任中特に重大な損害を与えたもの」に対し基準額を減額できる)には、減額の範囲や限度についての定めが置かれていませんでした。

最高裁は、この規定の趣旨を、取締役を監督する機関である取締役会が、退任取締役の在任中の行為に対して適切な制裁を課すことにより、職務執行の適正を図ることにあると解釈しました。

 

取締役会の役割と専門性:

取締役会は、退任取締役が「特に重大な損害を与えたもの」に当たるか否か、そして減額した結果として退職慰労金をいくらにするかを判断する必要があります。

その際、行為の内容や性質、会社が受けた影響、退任取締役の地位などの事情を総合考慮すべきであり、これらは業務執行の決定や職務執行の監督を行う取締役会が自ら判断するのに適した事項であるとされました。

本件において裁量権の逸脱・濫用がないとされた理由

最高裁は、以下の具体的な事実関係を考慮し、取締役会が基準額(37720万円)から大幅な減額(5700万円)を行ったことは相応の合理的根拠に基づくものと評価しました。

1.被上告人(代表取締役)の悪質な不正行為:

    • 長期間にわたり社内規程の上限を超える宿泊費等を受領し、発覚後にはその源泉徴収税相当額の負担を会社に転嫁する目的等で自らの報酬を不当に増額させました。この件は報道され、会社の社会的信用が毀損されました。
    • 従前の支出額を大幅に超過する過剰な交際費を会社に支出させたほか、合理的な理由なく海外旅費規程を改定させ、出張に伴う支度金を多く受け取っていました。

2.調査委員会による客観的な指摘:

被上告人(代表取締役)と利害関係のない弁護士等で構成された調査委員会は、上記の行為が特別背任罪に該当する疑いがあり、正当化できず、会社に多大な損害を与えたと厳しく指摘しました。

また、調査委員会が収集した情報に不足があったとはうかがわれませんでした。

3.取締役会における実質的な審議:

取締役会は調査報告書を踏まえ、一時は「被上告人を告訴して退職慰労金を全額支給しない」という案も検討しました。

しかし、様々な意見が出された結果、最終的に告訴は見送る代わりに大幅に減額した退職慰労金を支給するという判断に至っており、相当程度実質的な審議が行われていました。

最高裁は、上記の不正行為を「会社に多大な損害を及ぼす性質のもの」と評価した取締役会の判断には相応の合理的根拠があるとしました。