高校の自転車競技部での事故において、顧問教諭による安全配慮義務違反が認められた事例
2026年10月12日
弁護士 松田直弘
高校の自転車競技部に所属して生徒が、部活動の公道練習中に下り坂のカーブでガードレールに衝突し、両下肢全廃などの重大な後遺障害を負った事故について、裁判所が初心者である生徒を上級生らと一緒に危険な下り坂で走行させながら特別な指導を怠ったとして、教諭の注意義務違反を認定した事例(京都地裁判決令和5年2月9日)を紹介します。
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事案の概要
- 当事者:原告A(平成27年4月に京都府立C高等学校に入学し自転車競技部に入部した男子生徒・当時16歳、競技初心者)、原告B(原告Aの父)、被告(C高校の設置者である京都府)。
- 事故の経緯:平成27年5月10日、自転車競技部の公道練習(往復約90kmコース)が行われました。復路において、顧問のD教諭は原告Aの登坂速度を見て、原告Aを除く1年生を先に出発させ、原告Aのみ上級生らのグループとともに走行させました。
- 事故の発生:下り坂の区間において、上級生らに追走していた原告Aは、時速約50kmの速度から十分に減速することができないまま、右曲がりのヘアピンカーブ(本件カーブ)を曲がりきれずにガードレールに衝突し、側溝に転落しました。
- 被害と訴訟:原告Aは胸椎破裂骨折等の傷病を負い、両下肢全廃等の重大な後遺障害が残りました。原告らは、顧問教諭に指導上の注意義務違反があったとして、国家賠償法1条1項に基づき、被告に対し損害賠償(原告A:約1億6,841万円、原告B:545万円等)を求める訴えを提起しました。
争点
本訴訟における主な争点は以下の3点です。
- 顧問(D教諭)の注意義務違反の有無:競技初心者である原告Aを上級生グループと一緒に走行させ、下り坂で「上級生に合わせる必要はない」あるいは上級生に対して「遅い速度で走る」といった特別な指導を行わなかった点に、指導上の注意義務違反があるか。
- 過失相殺の可否:原告Aにおいて、適切な速度を維持しなかった点や疲労を申告しなかった点に過失があり、損害額を減額(過失相殺)すべきか。
- 原告らの損害額の算定:治療費(個室差額等)、将来の介護用品代・介護費、後遺障害逸失利益、慰謝料などの適正額、および日本スポーツ振興センター障害見舞金等の損益相殺(控除)の範囲。
結論
争点1: 顧問(D教諭)の注意義務違反(過失)の有無
1.予見可能性
裁判所は、D教諭に以下の2点について明確な予見可能性があったと認定しました。
上級生と同じ速度で追走することの予見可能性
原告Aは直前の休憩でD教諭から「上級生に付いていくことができた」と褒められており、下り坂でも上級生に付いていこうとする意欲を持つことは容易に想定できました。
また、指導経験豊富なD教諭にとって、上級生側も原告Aを配慮対象と見なさず普段通りの速度(時速約50km)で走行することも容易に想定可能であり、D教諭自身も「最後尾を走らせれば追いかける危険がある」と認識していました。
事故(制御不能による転倒・衝突)発生の予見可能性
競技用自転車は通常の自転車よりタイヤが細く制動力が劣ります。
原告Aは入部1ヶ月の初心者で操作に不慣れであり、急カーブを制御できる速度やブレーキのかけ方の感覚を持ち合わせていませんでした。
そのため、原告Aが上級生と同じ速度で走行すれば制御不能に陥り、本件カーブを曲がりきれずに転倒・衝突する危険があることは容易に想定できると認定されました。
2.注意義務違反(過失)
以上の予見可能性に基づき、裁判所はD教諭に対し、原告Aを上級生らとともに走行させるにあたって以下の「特別な指導」を行うべき注意義務があったと結論付けました
原告Aに対する指導:
「上級生らに合わせて走行する必要はない」と明確に指導すること。
上級生らに対する指導:
「原告Aが加わるため、普段の練習より遅い速度で走行する」よう指導すること。
しかし、D教諭は部員全体に対し「ここからの下りは練習ではない、下りるだけ」と伝えるにとどまり、上記の特別な指導を行わなかったため、国家賠償法上の注意義務違反(過失)が認められました。
争点2:過失相殺の可否(原告A側の過失の有無)
裁判所は、被告側が主張した過失相殺事由をいずれも排斥し、過失相殺を一切認めませんでした(原告Aの過失を否定)。各点についての具体的な判断理由は以下の通りです。
1.安全速度を維持しなかった点について
原告Aは入部以来、転倒しない安全な速度について一度も指導されたことがありませんでした。
また、余裕のある状況下で徐々に速度を上げて下り坂を走り、自らの制御可能な速度の感覚をつかむような練習機会も与えられていませんでした。
そのため、初心者である原告Aが安全な速度を維持できなかったことをもって過失とみることはできないと判断されました。
2.車間距離や道路交通法違反の点について
原告Aが車間距離等に関する道路交通法上の指導を受けていたと認めるに足りる証拠はなく、この点を捉えて原告Aの過失と認定することはできないとされました。
3. 疲労を申告しなかった点について
事故との因果関係の不足:
原告Aが疲労を感じていたことが事故の直接的な原因になったと認めるに足りる的確な証拠はありません。
陳述書において原告Aが減速できなかった理由の一つとして疲労を挙げていたものの、これは可能性の一つとして述べたに過ぎないと整理されました。
教諭側の認識可能性:
事故当日および前日はそれまでより長距離の練習コースであったこと、さらに本件駐車場に至るまで原告Aが上級生グループと同走していた状況から、原告Aに相当な疲労が蓄積していたことは本人からの申告がなくてもD教諭にとって明らかであったといえます。
したがって、疲労を申告しなかったことが過失にあたるということはできないと結論付けられました。
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