発達障害の暴露と違法解雇に関する損害賠償請求事件
2026年10月15日
弁護士 松田直弘
発達障害を理由とする不当解雇やプライバシーの暴露に関して損害賠償を求めた訴訟で、裁判所が雇用主が本人の同意なく障害を他従業員に伝えた行為や、障害の申告漏れを口実にした解雇について、人格権を侵害する違法な不法行為であると判断した事例(横浜地裁判決令和8年1月29日)を紹介します。
動画による解説はこちらから
事案の概要
本件は、訪問介護事業等を営む被告会社にヘルパー(訪問介護員)として勤務していた原告(自閉スペクトラム症を有する障害者)が、被告会社に対し、発達障害であることの暴露、差別的な解雇、および解雇撤回後の就労妨害に伴う未払賃金について損害賠償等を求めた損害賠償等請求事件です。
1.当事者:
- 原告: 自閉スペクトラム症(広汎性発達障害)の診断を受け、精神障害者保健福祉手帳(3級)の交付を受けているヘルパーです。採用時には障害を告げないで被告と雇用契約を締結していました。
- 被告: 障害福祉サービス(居宅介護、重度訪問介護等)を主たる事業とする会社です。なお、被告代表者自身も重度の四肢麻痺がある障害者です。
2.経緯:
- 原告は平成30年5月に被告との間でヘルパー登録契約を締結しましたが、採用時のアンケートで障害の有無を問われた際、「タバコが苦手です。それ以外は特にありません。」と回答し、発達障害については記載していませんでした。
- 令和3年8月15日、勤務時間の増加を巡る面談の際、原告は被告代表者に対し自身が広汎性発達障害であることを打ち明けました。
- 被告代表者は翌8月16日、他の従業員(Aら4名)に対し原告が発達障害であることをメールで伝え、同月23日、アンケートへの不実申告(就業規則違反)を理由に同年9月30日限りで原告を解雇(本件解雇)すると通知しました。
- 原告が労働組合を通じて団体交渉を行った結果、被告は令和3年11月26日(および令和4年1月)に解雇を撤回しました。
- 原告は解雇撤回後も就労せず賃金が支払われなかったため、①Aらへの障害暴露に対する慰謝料(50万円)、②差別的解雇に対する慰謝料(200万円)、③Bへの障害暴露に対する慰謝料(50万円)、④解雇撤回後の未払賃金支払いを求めて提訴しました。
争点
本訴訟における主な争点は以下の3点です。
発達障害であることの暴露の違法性と損害額:
被告代表者が従業員(Aら4名およびB)に対し、原告が発達障害であることを正当な理由なく開示・暴露した行為が、プライバシー権や人格権を侵害する違法な不法行為(会社法350条責任)となるか。
本件解雇の違法性と損害額:
アンケートでの障害非開示(不実記載)を理由とした解雇が、実質的には発達障害者に対する差別的な動機に基づく無効・違法な解雇(不法行為)となるか。
解雇撤回後(令和4年2月以降)の賃金請求権の有無:
解雇撤回後の原告の不就労が、被告による就労妨害(帰責事由)によるものか、それとも原告側の責任によるものか。
結論
原告の請求を一部認め、被告に対し合計80万円および遅延損害金の支払いを命じ、その余の請求(Bへの暴露、および解雇撤回後の賃金請求等)を棄却しました。
争点1: 原告が発達障害者であることを暴露した事について
1.Aら4名への暴露(違法認定・慰謝料30万円認容)
意思決定・協議プロセスの否定:
メールには「即時解雇をと思います」と明確に書かれており、A自身もメール受領後に他の職員と解雇について協議したことはないと供述しているため、解雇協議の目的で開示されたとは認められない。
開示の必要性の否定:
被告のサービス提供責任者に解雇方針を伝える必要があったとしても、その理由として「発達障害者である」という具体的な障害名まで開示する必要性は一切認められない(現に別のサービス提供責任者には辞めることだけが伝えられ、理由は伏せられていた)。
SNSでの匿名公表に関する判断:
原告がSNSを通じて匿名で本件解雇の経緯等を公表していたとしても、それは原告自らの意思による情報コントロールの一環に過ぎず、原告の同意なく無断で暴露した被告代表者の違法性を左右するものではない。
結論:
正当な理由のない暴露は原告の人格権を侵害する違法行為であり、被告会社は会社法350条に基づき損害賠償責任を負う。損害額(慰謝料)は 30万円 が相当である。
2.Bへの暴露(請求棄却)
B自身が障害事実の告知を受けたことを明確に否定していること、当時Bが原告と直接関わっていた証拠がないこと、および団体交渉での被告代表者の発言は勘違いであったとする供述を覆す客観的証拠がないことから、不法行為の成立は認められない。
争点2:本件解雇の違法性と損害額
裁判所は以下の3つの客観的事実から、アンケートの不実記載それ自体が解雇理由ではなく、発達障害を知ったことによる差別的解雇であると判断しました。
社内前例の不存在:
被告会社においては、過去に就職時に「料理ができる」と申告しながら実際にはそのスキルがなかった者なども少なからずいたが、そうしたスキル等の不実申告を理由に解雇した例は過去に一度もなかった。
約3年間の勤務実績:
原告は約3年間にわたり大きな問題なく勤務しており、被告から就労状況に関して具体的な問題を指摘されたこともなかった。
障害発覚直後の解雇決定:
被告代表者は、原告が発達障害であることを知った翌日(令和3年8月16日)には、既に解雇の方針を決定していた。
2.違法性の認定
本件解雇は、原告が発達障害者であることを理由としてなされた差別的なものであり、原告の人格権を侵害する違法な不法行為(会社法350条責任/民法709条責任)を構成すると判断されました。
3.損害額(慰謝料50万円)の算定理由
原告の請求額(200万円)に対し、裁判所は 50万円 の支払いを命じました。
算定にあたっては、以下の事情が考慮されました。
不利益の回復:
労働組合との団体交渉を経て、本件解雇は約3か月余りで撤回されたこと。
賃金の補填:
解雇期間中(令和3年10月~令和4年1月末日)の賃金全額(額面合計約54万円)が、最終的に被告から原告へ支払われ、経済的不利益が補填されていること。
結論:
これらの事情を総合的に考慮した結果、解雇に伴う精神的苦痛に対する慰謝料としては 50万円 が相当であると結論付けられました。
争点3:解雇撤回後の賃金請求について
令和4年2月~4月:
当時は労働組合と被告間で雇用契約終了(合意退職)を前提とする協議が行われており、シフト提示がなかったことについて原告・組合も異議なく了解していたと認められました。
令和4年5月~令和5年12月:
原告側からシフト希望の提出自体がなされなかったため、被告にシフト不提示の責任はないとされました。
令和6年1月以降:
被告が原告に対し被告代表者宅への派遣シフトを提示したものの原告側が直前に就労を拒否した経緯等から、被告による就労妨害・不法行為とは認められず、未払賃金請求はすべて退けられました。