カスタマーハラスメントについて
2023年7月12日
弁護士 松田直弘
日々,「顧客からのクレーム」に関する相談を受けますので,整理してみました。
「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」
2022年2月に厚生労働省が「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表していますので,これを紹介します。
これにおいて,次のようなものがカスタマーハラスメントと考えられる,とされています。
顧客等からのクレーム・言動のうち,当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして,当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上相当なものであって,当該手段・態様により,労働者の就業環境が害されるもの
この内,「当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして,当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上相当」かどうかは総合的に判断します。
また,「当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性」について,顧客等の要求の内容が著しく妥当性を欠く場合には,その実現のための手段・態様がどのようなものであっても,社会通念上不相当とされる可能性が高くなる,とされています。
カスタマーハラスメントの例
「顧客等の要求が妥当性を欠く場合」の例
- 企業の提供する商品・サービスに瑕疵・過失が認められない場合
- 要求の内容が,企業の提供する商品・サービスの内容とは関係がない場合
「顧客等の要求が妥当性を欠く場合」の例
- 企業の提供する商品・サービスに瑕疵・過失が認められない場合
- 要求の内容が,企業の提供する商品・サービスの内容とは関係がない場合
「要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当な言動」の例
(要求内容の妥当性にかかわらず不相当とされる可能性が高いもの)
- 身体的な攻撃(暴行,傷害)
- 精神的な攻撃(脅迫,中傷,名誉毀損,侮辱,暴言)
- 威圧的な言動
- 土下座の要求
- 継続的な(繰り返される),執拗な(しつこい)言動
- 拘束的な言動(不退去,居座り,監禁)
- 差別的な言動
- 性的な言動
従業員個人への攻撃,要求
「要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当な言動」の例
(要求内容の妥当性に照らして不相当とされる場合があるもの)
- 商品交換の要求
- 金銭補償の要求
- 謝罪の要求(土下座を除く)
犯罪に当たる可能性
これらのカスタマーハラスメントは,場合によっては,傷害罪(刑法204条),暴行罪(刑法208条),脅迫罪(刑法222条),恐喝罪(刑法249条1項),強要罪(刑法223条),名誉毀損罪(刑法230条),侮辱罪(刑法231条),信用毀損及び業務妨害罪(刑法233条),威力業務妨害罪(刑法234条),不退去罪(刑法130条)などに該当する可能性があります。
たとえば,他の顧客もいる店舗で,大声でクレームを繰り返し,帰るように求めても帰らないような場合,脅迫罪,強要罪,不退去罪に当たる可能性があります。そのような場合は,躊躇なく警察に通報するべきと考えます。
要求と対応
カスタマーハラスメントに至ったケースの多くでは,企業側において,カスタマーハラスメントを誘発した原因があるように思えます。提供した商品が壊れているなど何らかの問題があったり,顧客に説明した内容が間違っていたりするようなケースです。これらをきっかけとして,慰謝料や過剰な損害賠償を求めたり,謝罪を求めたり,納得いくまで説明しろといったり,といったことがよくあります。
そのようなケースは,厚生労働省のマニュアルでいえば,「要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当な言動」に当たってくるのだろうと思います。一定程度企業側に非がする場合には,その部分に限っては損害賠償する,謝罪するといった対応を取り,それを越えた過剰な要求,過剰の顧客の言動については,毅然と対応し,警察への通報も含めて対応することが重要だと考えます。
企業と従業員との関係
カスタマーハラスメントの問題は,企業と従業員の関係にも影響を及ぼしてきます。従業員は,企業と労働契約を締結して,働いています。企業は,その労働契約上の付随義務として,安全配慮義務を負うものとされています。従業員がカスタマーハラスメントとして,何時間も顧客から罵声を浴びせられた結果,精神疾患になることがあります。そのような場合,企業に安全配慮義務に違反したとして,従業員に対して損害賠償責任を負う可能性があります。
そのような事態にならないためにも,カスタマーハラスメントに当たる事案が発生した場合に備えて,事前に準備しておく事が必要です。
「顧客第一主義」,「お客様は神様です」といった言葉がありますが,このような発想も行き過ぎればカスタマーハラスメントを許容する事につながり,従業員に多大な負担をかける事になります。
必ず,複数名で対応し,対応している従業員を独りにしない事も重要です。従業員の精神的な負担を軽減するだけでなく,顧客の言動をエスカレートさせない効果もあります。また,カスタマーハラスメントがあった場合には,上司などに相談できる体制を整えておく事も重要です。
可能な限り録音,録画し,客観的な証拠を残しておくことも重要です。顧客に対して,録音・録画することについて断りを入れる必要はありません。
対応例
厚生労働省のマニュアルには,ハラスメント行為別顧客等への対応例が挙げられていますので,紹介します。
1. 時間拘束型
長時間にわたり,顧客等が従業員を拘束する。居座りをする,長時間,電話を続ける。
対応例
対応できない理由を説明し,応じられないことを明確に告げる等の対応を行った後,膠着状態に至ってから一定時間超える場合,お引き取りを願う,または電話を切る。複数回電話がかかってくる場合には,あらかじめ対応できる時間を伝えて,それ以上に長い対応はしない。現場対応においては,顧客等が帰らない場合には,毅然とした態度で退去を求める。状況に応じて,弁護士や警察への通報等を検討する。
退去を求めても店舗から去らないのであれば不退去罪,顧客等の住居から従業員を帰さないのであれば監禁罪が成立する可能性があります。
また,長時間にわたる場合は,顧客から何度も何度も同じ事を繰り返し言われているケースが多いように思われます。そのような場合は,同じ事はさっきも聞いた,そして答えた,何度言われても答えは変わらない,と顧客等のペースで話を続けさせない事も重要と考えます。
2. リピート型
理不尽な要望について,繰り返し電話で問い合わせをする,または面会を求めてくる。
対応例
連絡先を取得し,繰り返し不合理な問い合わせがくれば注意し,次回は対応できない旨を伝える。それでも繰り返し連絡が来る場合,リスト化して通話内容を記録し,窓口を一本化して,今後同様の問い合わせを止めるように伝えて毅然と対応する。状況に応じて,弁護士や警察への相談等を検討する。
繰り返し何度も何度も電話をしてくるのであれば,威力業務妨害罪が成立する可能性があります。繰り返し電話してくる以外に,繰り返し店舗に来店する場合もあります。その際に暴力,暴言,威嚇・脅迫等がなされる事があります。そのような場合には,電話することや,来店する事の禁止を求める仮処分の申立をし,裁判所から電話や来店の禁止を命令してもらうことも考えられます。
3. 暴言型
大きな怒鳴り声をあげる,「馬鹿」といった侮辱的発言,人格の否定や名誉を毀損する発言をする。
対応例
大声を張り上げる行為は,周囲の迷惑となるため,やめるように求める。侮辱的発言や名誉毀損,人格を否定する発言に関しては,後で事実確認ができるよう録音し,程度がひどい場合には退去を求める。
複数で対応する事が重要です。また相手を落ち着かせるために,声のトーンを落とし,冷静に対応します。録音については,相手に了解を得る必要はありません。また録画も有効です。
4. 暴力型
殴る,蹴る,たたく,物を投げつける,わざとぶつかってくる等の行為を行う。
対応例
行為者から危害を加えられないよう一定の距離を保つ等,対応者の完全確保を優先する。
また警備員等と連携を取りながら,複数名で対応し,直ちに警察に通報する。
相手方の行為は暴行罪が成立する犯罪です。また暴力の結果怪我をしたのであれば,傷害罪が成立します。早急に病院を受診し,診断書を取りましょう。また,警察に被害届を提出しましょう。
暴言型と同様に証拠を残すことが重要です。複数名で対応し,録音・録画をしましょう。
5. 威嚇・脅迫型
「殺されたいのか」といった脅迫的な発言をする,反社会的勢力とのつながりをほのめかす,異常に接近する等といった,従業員を怖がらせるような行為をとる。または,「対応しなければ株主総会で糾弾する」,「SNSにあげる,口コミで悪く評価する」等とブランドイメージを下げるような脅しをかける。
対応例
複数名で対応し,警備員等と連携を取りながら対応者の安全確保を優先する。また,状況に応じて,弁護士への相談や警察への通報等を検討する。ブランドイメージを下げるような脅しをかける発言を受けた場合にも毅然と対応し,退去を求める。
脅迫罪の成立も考えられます。威嚇・脅迫により何かをさせようとするのであれば,強要罪も考えられます。
6. 権威型
正当な理由なく,権威を振りかざし要求を通そうとする、お断りをしても執拗に特別扱いを要求する。または,文書等での謝罪や土下座を強要する。
対応例
不用意な発言はせず,対応を上位者と交代する。要求には応じない。
「店長をだせ」,「社長と話をさせろ」,「これだけ買ってやっているのに,なんだその態度は」,よくみますが,できないものはできない,しないことはしない,ときっぱりと拒絶することは交代を求められた上位者においても同じです。「お客様」という意識は改めた方が良い場合もあります。
7. 店舗外拘束型
クレームの詳細が分からない状態で,職場外である顧客等の自宅や特定の喫茶店などに呼びつける。
対応例
基本的には単独での対応は行わず,クレームの詳細を確認した上で対応を検討する。対応の検討のために,事前に返金等に対する一定の金額基準,時間,距離,購入からの期間などの制限などについて基準を設けておく。店外で対応する場合は,公共性の高い場所を指定する。納得されず従業員を帰さないという事態になった場合には,弁護士への相談や警察への通報等を検討する。
まず,相手方の家や職場に行くことは危険なので,基本的には,行かない,という事が重要です。行くとしても必ず複数名で行きましょう。
それでも相手方の家などに行き,「従業員を帰さないという事態」となった場合は,監禁罪が成立しますので,警察へ通報しましょう。
携帯電話で同僚や上司との通話を維持した状態を続けたり,予め時間を決めて,問題がなければその時間までに同僚や上司に連絡することとしておき,連絡がなければ,同僚や上司が非常事態を疑い,相手方の家や職場に行った従業員に連絡したり,警察に通報したりすることも考えられます。
8. SNS/インターネット上での誹謗中傷型
インターネット上に名誉を毀損する,またはプライバシーを侵害する情報を掲載する。
対応例
掲示板やSNSでの被害については,掲載先のホームページ等の運営者(管理人)に削除を求める。投稿者に対して損害賠償等を請求したい場合は,必要に応じて弁護士に相談しつつ,発信者情報の開示を請求する。名誉毀損等について,投稿者の処罰を望む場合には弁護士や警察への相談等を検討する。解決策や削除の求め方が分からない場合には,法務局や違法・有害情報相談センター,[誹謗中傷ホットライン](セーファーインターネット協会)に相談する。
掲載先のホームページ等の運営者(管理人)に削除を求めても,これに応じてもらえない場合は,削除を求める仮処分を裁判所に起こすことも考えられます。発信者情報の開示を得て,投稿者の特定をするためには,時間制限があります。インターネット上での誹謗中傷に対応する場合には,早めに弁護士への相談する必要があります。
9. セクシュアルハラスメント型
従業員の身体に触る,待ち伏せする,つきまとう等の性的な言動,食事やデートに執拗に誘う,性的な冗談といった性的な内容の発言を行う。
対応例
性的な言動に対しては,録音・録画による証拠を残し,被害者及び加害者に事実確認を行い,加害者には警告を行う。執拗なつきまとい,待ち伏せに対しては,施設への出入り禁止を伝え,それでも繰り返す場合には,弁護士への相談や警察への通報等を検討する。