カスハラ顧客に対する企業の対抗策を考える
2026年4月11日
弁護士 松田直弘
カスタマーハラスメントについて過去取り上げたものは次のとおりです。
カスハラの定義
その後、労働施策総合推進法において、カスタマーハラスメントの定義は、以下の3つの要素を全て満たすもの、とされました。
1.顧客等の言動であること
- 「顧客等」とは、顧客(今後取引する可能性のある者も含む)、取引の相手方、施設の利用者、その他の事業主の行う事業に関係を有する者を指します。
2.その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして「社会通念上許容される範囲」を超えたものであること
- 言動の内容が契約内容からして相当性を欠くもの、または手段や態様が不相当なものを指します。
3.当該労働者の就業環境が害されること
- 当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど、就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指します。
「社会通念上許容される範囲」を超えるとは?
正当なクレームとカスタマーハラスメント(カスハラ)を分ける最大の判断基準は、顧客等の言動が「社会通念上許容される範囲」を超えているかどうかです。
客観的にみて社会通念上許容される範囲で行われた苦情は正当な申入れであり、カスハラには当たりません。
具体的には、以下の2つの観点から、その言動が社会通念上許容される範囲を超えているかどうかを判断します。
1.顧客等の要求内容に妥当性はあるか(言動の内容)
顧客等の主張について、事実関係や因果関係を確認し、自社に過失がないか、根拠のある要求がなされているかを確認します。
例えば、以下のような要求は、内容が社会通念上許容される範囲を超えている(妥当性を欠く)と考えられます。
- そもそも要求に理由がない、又は商品・サービス等と全く関係のない要求
- 契約等により想定しているサービスを著しく超える要求
- 対応が著しく困難、又は対応が不可能な要求
- 商品やサービス等の内容と無関係である不当な損害賠償要求
2.要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当か
要求内容の妥当性にかかわらず、要求を通すための手段や態度が不相当である場合は、カスハラに該当する可能性が高くなります。以下のような手段・態様は、社会通念上許容される範囲を超えると判断されます。
- 身体的な攻撃(殴る、蹴る、叩く、物を投げつける、わざとぶつかる等)
- 精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要等)
- 威圧的な言動(大きな声をあげて労働者や周囲を威圧する、反社会的な言動を行う等)
- 継続的、執拗な言動(同様の質問やクレームの執拗な繰り返し、揚げ足取り等)
- 拘束的な言動(長時間の居座りや電話による拘束、不退去、監禁等)
判断における重要な留意点
これらの判断にあたっては、「言動の内容」と「手段や態様」の双方に着目し、総合的に判断することが求められます。
- 要求の内容が妥当性を欠く(自社に過失がない等)場合は、それを実現するための手段・態様がどのようなものであっても、社会通念上不相当とされる可能性が高くなります。
- 逆に、要求の内容自体に妥当性がある場合(実際に商品に欠陥があった、従業員のミスがあった等)であっても、その要求を実現するための「手段・態様」が悪質(暴力的・威圧的・継続的・拘束的など)であれば、カスハラに該当し得ます。
カスハラへの対抗
カスハラが発生した場合、企業にはカスハラから従業員を守る義務と責任(安全配慮義務)があります。これについては、別の機会に紹介します。
今回は、カスハラを行う顧客等に対して、企業としてどのような手段で対抗する事が可能かを検討します。
1.刑事的対応
警察への被害届の提出や告訴・告発です。
そのような場合は、警察への相談、被害届の提出、告訴・告発といった対応が可能です。
また、これ以上続けるのであれば、そのような刑事的対応を取るので、止めるように、という警告も可能です。
- 身体的な攻撃であれば、暴行罪、傷害罪
- 精神的な攻撃であれば、脅迫罪、名誉毀損罪、侮辱罪に
- 継続的、執拗な言動であれば、業務妨害罪に
- 拘束的な言動であれば、不退去罪や監禁罪に
- これらに金品の要求が絡むのであれば、恐喝罪や強盗罪、各未遂罪に
それぞれ該当するケースがあるものと思われます。
そのような場合は、警察への相談、被害届の提出、告訴・告発といった対応が可能です。
また、これ以上続けるのであれば、そのような刑事的対応を取るので、止めるように、という警告も可能です。
2.民事的対応
- 何度も電話をかけてきて、長時間対応させられた。
- 何度も店舗にやってきて、長時間対応させられた。
- 夜間、深夜まで対応させられた。
- 特定の従業員による対応を強要された。
- 暴言、罵倒を繰り返した。
- 些細な誤記について揚げ足を取る発言を繰り返した。
- 謝罪の要求を繰り返した。
よく聞くカスハラです。
特定の従業員について長時間対応させられるのは、企業の業務を妨害するものであり、不法行為ですので、その差止めを求める事はできそうです。
では、損害賠償請求はどうでしょうか?
カスハラをする顧客等にとって、「止めろ」と言われるだけなのであれば、止めれば終わりです。
刑事的な問題は別として、「止めろ」と言えるだけなのであれば、民事的な抑止力にはならない、と思われます。
カスハラをする事によって、場合によっては損害賠償請求がされる、金銭的な痛みが伴うのであれば、それによって初めて抑止力となります。
損害賠償請求の可能性
1.個人としての損害賠償請求
暴言、罵倒を浴びせられ、繰り返し謝罪を要求され、それによって精神的苦痛を受けたとして、従業員個人であれば、損害賠償請求として、慰謝料を請求する事が可能です。
しかし、企業がサポートするにしても、損害賠償請求をする事を負担に思ったり、報復を恐れる方も少なくないと思います。
2.企業としての損害賠償請求
従業員が暴言、罵倒を浴びせられ、繰り返し謝罪を要求され、それによって精神的苦痛を受けたとしても、精神的苦痛を受けたのは、あくまで従業員であり、企業ではありません。
また、そのような事があったとしても企業としては、利益が減った等の目に見える損害はないかもしれません。
そのため、企業がカスハラをする顧客に対して損害賠償請求をするにあたっては、もう一段、上乗せした検討が必要です。
この点について、参考になる裁判例があるので、紹介します(大阪地裁判決平成28年6月15日)。この事件は、市と住民の間の紛争ですが、「市」は企業に、「住民」は、カスハラを行った顧客等に置き換える事ができると考えられます。
動画による解説
事案の概要
原告(大阪市)が、住民である被告に対し、不法行為に基づく損害賠償および妨害行為の差止めを求めた事案です。
被告は市に対し、情報公開請求を多数回(約9か月間で53件等)にわたり濫用的な態様で行い、対象文書の選別やマスキング作業で業務を逼迫させました。
さらに、「市民の声」制度等を悪用して質問文書を送付したほか、約5ヶ月の間に合計95回(所要時間約23時間)にも及ぶ執拗な電話を市役所にかけました。
電話や面談の際、特定の職員の対応を強要し、学歴や容姿を理由に罵倒したり、大声で暴言や脅迫的な発言を繰り返したりしたほか、開示文書の些細な誤記に対しても謝罪を要求するなどの不当な要求を行いました。
原告は、これらの行為が「平穏に業務を遂行する権利」を侵害するとして提訴しました。
平穏に業務を遂行する権利
1.法人の財産権の侵害:
法人の業務は、固定資産や流動資産の使用を前提として成り立っています。そのため、不当な要求やクレームによる業務への妨害は、これら「資産の本来予定された利用を著しく害する」ものであり、法人の財産権の侵害と評価されます。
2.従業員の人格権の侵害:
法人の業務は、実際にそこで働く自然人(職員・従業員)の労働行為によって構成されています。悪質な妨害行為が、対応する労働者に「受忍限度を超える困惑や不快感」を与える場合、それは業務に従事する者の人格権の侵害と評価されます。
裁判所は、法人が遂行する業務とは、これら「法人の財産権」と「従業員の人格権」の双方を包含した総体としての利益であり、それ自体が法的保護に値すると位置づけました。
したがって、社会通念上許容される権利行使の限度を超えた不当な妨害行為によってこの利益が著しく侵害される(資産の利用が害され、従業員に受忍限度を超える苦痛を与え、業務に著しい支障を及ぼす)場合には、「平穏に業務を遂行する権利」に対する違法な侵害(不法行為)が成立すると判断されます。
法人はこの権利を根拠として、民法上の不法行為に基づく損害賠償請求ができるだけでなく、将来に向けた妨害行為そのものの差止め(禁止)を請求できると解釈されています。
権利行使の限度を著しく超えた態様
被告による情報公開請求や質問・意見の申し出といった行為自体は、市民としての権利行使の側面を有していました。しかし、特定の職員を名指しして暴言や侮蔑的な発言を繰り返す、些細な誤記に対して頻繁に電話をかけ謝罪を要求する、約5ヶ月の間に合計95回(約23時間)にも及ぶ電話をかけるといった手段・態様や頻度は、正当な権利行使として認められる限度を著しく超えていると判断されました。
受忍限度を超える不快感と業務への著しい支障
これらの執拗な妨害行為により、対応を強いられた職員が
損害額の認定
市(原告)は当初、職員の対応に要した時間分の給与や超過勤務手当などを損害額として請求しました。
しかし裁判所は、被告の行為が権利行使に付随して行われたものであるため、職員の給与や手当がそのまま相当因果関係のある損害額になるとは言えず、正確な額の立証は極めて困難であるとして、裁判所が一切の事情を考慮して相当な損害額を認定できるとする民事訴訟法248条が適用されました。
その上で、弁護士費用を含めた一切の事情を考慮し、80万円を賠償すべき相当な損害額として認定しました。
「職員の対応に要した時間分の給与や超過勤務手当」だけでは事案によっては大きな金額にならないと思われますので、裁判所が民事訴訟法248条の適用を肯定したところには、非常に大きな意義があると考えられます。
まとめ
1.差止めの肯定
カスハラに対し、それを止めるように裁判所が命令する差止めが肯定されました。
2.損害賠償請求の肯定
カスハラに対し、「平穏に業務を遂行する権利」を根拠に企業が損害賠償請求する可能性が肯定されました。
3.民事訴訟法248条の適用
損害賠償請求においては、「裁判所が一切の事情を考慮して相当な損害額を認定できる」事が肯定されました。
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