高校の野球部に所属していた生徒が適応障害等を発症したことにつき,野球部顧問のパワハラがあったと主張した裁判例
2026年4月23日
弁護士 松田直弘
高校の野球部に所属していた生徒が適応障害等を発症したことについて、野球部顧問のパワハラがあったと主張された裁判例(宮崎地裁延岡支部判決令和6年3月4日、(控訴審)福岡高裁宮崎支部判決令和6年9月18日)を紹介します。
事案の概要
本件は、学校法人が設置する高校の野球部に所属していた元生徒(原告・控訴人)が、指導者である野球部部長(被告・被控訴人)から、練習中に雑用を命じられたり、暴言や不当な批判を受けたりしたことで適応障害を発症し、自殺未遂を経て退学に追い込まれたと主張した事案です。
原告は、指導者本人に対しては不法行為に基づき、学校法人に対しては使用者責任または在学契約上の安全配慮義務違反(債務不履行)に基づき、損害賠償を求めて提訴しました。
争点
1.指導者による雑用の指示が不法行為(パワーハラスメント)に当たるか:
補食の準備状況の確認、コーヒーの購入、鞄の運搬などを命じた行為の違法性。
2.暴言や不当な批判が不法行為に当たるか:
寮の清掃状況に関する指摘などの態様や内容の違法性。
3.学校法人の安全配慮義務違反の有無:
指導者の行為に関連して、学校側が適切な配慮を怠ったか。
結論
第一審は、指導者の指示や指摘が原告の権利を違法に侵害したとはいえず、安全配慮義務違反も認められないと判断しました。
控訴審もこの判断を支持し、指導者の行為がパワーハラスメントとしての違法性を具備するものとは認められないとして、控訴を棄却しました。
パワハラの成否について
1.一般論として
一般的にパワーハラスメントとは,
①「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて,」
②「業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより」
③「その雇用する労働者の就業環境が害される」もの
とされています。
一方で
客観的にみて,業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については,職場におけるパワーハラスメントには該当しない
とされています。
本件は、職場ではなく、
高等学校の野球部における指導者と部員という関係性の下における,パワーハラスメントと主張されたものを含む上位者の行為についての違法性を判断した点に特徴があります。
1.雑用を命じる行為(パワーハラスメント)
原告は、野球部部長(被告)から練習中に不当な雑用を命じられ、これらが組織内の優位性を背景に指導の適正な範囲を超えたパワーハラスメントに当たると主張しました。
主張された具体的な行為:
- 部長の妻が作る補食(部員用の食事)の準備状況を確認しに行くよう命じられた。
- コーヒーを購入してくるよう命じられた。
- 部長の鞄を取りに行くよう命じられた。
- (原告は、これらが練習や紅白戦に参加している最中の指示であったと主張しました。)
裁判所の判断と理由:
- 結論: 不法行為には当たらない。
- 理由: 裁判所は、補食の確認やコーヒー購入などの指示があった事実は認めましたが、以下の理由から違法性を否定しました。
- これらの雑用は野球部の活動に関係し、短時間で終わるものであった。
- 頻度は頻繁ではなく、殊更原告のみを選んで命じたものでもなかった。
- 原告が主張する「練習中の指示」については、客観的な証拠がなく、他の部員もいる中で練習中の者に命じる理由は見当たらないとして、事実を認めませんでした。
- 指導者は練習風景を監視する立場にあり場所を離れられないため、練習に参加していない部員に指示すること自体はおよそ不当とはいえないと判断されました。
2.暴言や不当な批判
原告は、部長から寮の清掃状況に関して理不尽に怒られたり、不当な批判を受けたりしたことが不法行為に当たると主張しました。
主張された具体的な行為:
- 複数の部員がいる前で、本件寮の清掃状況が不十分であると指摘され、理不尽に怒られた。
裁判所の判断と理由:
- 結論: 不法行為には当たらない。
- 理由:
- 被告(部長)は指導者として原告(寮長)を指導すべき立場にあり、寮の清掃状況の指摘は指導の範囲内であった。
- 指摘の態様について、「多感な時期にある生徒の心情への配慮にいささか欠けるところがあったという余地がある」としつつも、いたずらに原告の心情を害するようなものであったと認める証拠はないとされました。
- 原告が主張する、認定された範囲を超えるような「暴言」については、客観的な証拠がないとして事実を認めませんでした。
3.裁判所の全体的な考え方
裁判所は、いわゆる「パワーハラスメント」が不法行為となるかどうかの判断において、単にその定義に該当するかどうかだけでなく、「当該行為の内容や具体的状況に照らし、不法行為法上、違法との評価を受けるか」を個別に判断すべきであるとしています。
学校法人の安全配慮義務違反の有無
指導者本人の行為が不法行為に当たらない以上、それらを前提とした学校法人の安全配慮義務違反も認められないと結論付けられました。