小学校のグラウンドで高齢女性と児童が衝突した事故に関し、9割の過失相殺をするのが相当とされた事例
2026年6月6日
弁護士 松田直弘
許可時刻より前に小学校のグラウンドに立ち入っていた高齢女性が児童と衝突して転倒し怪我をした事故に関し、被告児童らの過失を認め、両名の行為は共同不法行為に当たるとした一方で、小学校長や教員らの過失は認められず、被告市は責任を負わないとした上で、9割の過失相殺をするのが相当とされた事例
((第一審)大津地裁判決令和6年7月25日、(控訴審)大阪高裁判決令和7年1月15日)を紹介します。動画による解説はこちらから
事案の概要
本件は、令和元年11月27日の午後2時40分頃、滋賀県草津市立の小学校のグラウンドで発生した衝突事故をめぐる損害賠償請求事件です。
- 原告(当時83歳の女性)は、グラウンドゴルフ愛好会の活動に参加するため、学校側が許可していた使用開始時刻(午後3時)よりも前にグラウンドに立ち入りました。
- 当時、グラウンドには集団下校のために4年生から6年生の児童約300名が集まりつつある状況でした。
- 原告がグラウンド内を歩行して集合場所に向かっていたところ、集団の最後尾付近でじゃれ合っていた6年生の児童2名(被告Y1・被告Y2)のうち、後ろによけた被告Y1と衝突しました。
- これにより原告は転倒し、右大腿骨を骨折するなどの重傷を負いました。
- これに対し原告が、被告児童ら(Y1・Y2)には民法719条1項に基づく共同不法行為責任が、小学校を設置・運営する被告市には国家賠償法1条1項に基づく責任(校長や教員らの安全配慮義務違反)があるとして、連帯して約725万円の損害賠償を求めた事案です。
争点
本件の主な争点は以下の通りです。
- 事故態様:原告がグラウンド内のどこを歩行していたか、また、児童らとの衝突の具体的な状況。
- 被告Y1の責任:後ろによけて原告に衝突したY1に不法行為責任があるか。
- 被告Y2の責任:Y1とじゃれ合い、Y1の動きを誘発したY2に共同不法行為責任があるか。
- 被告市の責任:集団下校を指導していた学校長や教員らに、安全配慮義務等の違反(過失)があったか。
- 損害額:医療費や介護費、慰謝料などの算定額。
- 過失相殺:原告自身の不注意による過失割合をどう評価するか。
結論
1.第一審(大津地裁):
被告児童らの共同不法行為責任を認める一方、被告市の責任は否定しました。原告側の不注意が大きく寄与しているとして過失割合を6割とし、過失相殺後の金額である88万3041円の支払いを児童らに命じました。
2.控訴審(大阪高裁):
児童らの責任を認め、被告市の責任を否定した点は地裁の判断を維持しましたが、原告の過失割合を9割へと大幅に引き上げました。その結果、児童らの賠償額は22万0760円に減額されました。
事故態様について
原告は「児童の邪魔にならないように離れた場所(グラウンドの端)を通っていた」と主張しましたが、裁判所は関係者の証言等から、原告は歩行距離を短くするためにあえてグラウンドの中央(各学年の児童の隊列を貫くようなルート)を歩いていたと認定しました。
被告児童ら(Y1・Y2)の責任について
- 児童らにとって、原告があえてグラウンドの中央を横切ってくることの予見は困難であったとされました。しかし、周囲には集団下校準備中の多数の児童がいたため、Y1には後ろに下がる際に周囲の人物に注意すべき義務があり、これを怠った過失があるとされました。また、Y2もY1に向かって動くことでY1が後ろに下がる行動を誘発したとして、両名の共同不法行為が成立すると判断されました。
被告市の責任について
愛好会の会員間では「(許可時間前に立ち入る際は)児童の安全と学校運営の邪魔にならないようグラウンドの端を通る」というルールが常日頃から共有されていました。教員らとしては、大人の会員がそのように適切に危険を回避することを期待するのが相当であり、原告がルールに反して児童の集団の中央を横切ってくることまで教員らが具体的に予見することはできなかったとして、学校側(市)の過失を否定しました。
過失相殺における過失割合が控訴審で引き揚げられた理由
- 原告の極めて大きな不注意(常識を逸脱した行動)
1.ルール違反と危険な経路の選択:
原告は使用許可開始時刻より前に立ち入っただけでなく、「学校運営の邪魔にならないように校舎側の端を通行しなければならない」という愛好会内の共通認識(ルール)に反していました。
2.児童の集団を貫くような歩行:
安全な端を通るルートを無視し、あえてグラウンドの中央(下校出口と体育倉庫を結ぶ直線上)を通り、集団下校のために集まりつつある各学年の隊列を貫く形で進行しました。
3.裁判所の厳しい非難:
このような原告の行動について、裁判所は「集団下校準備中の児童を危険に晒すとともに、学校運営を妨げるものである」とし、「通常の判断能力を有する成人であれば、あえてこのような行動に出ることは、およそ考え難い」と極めて厳しく指摘しました。
4.前方不注視による回避の失敗:
事故は児童が原告の前方方向からぶつかったと認定されているため、原告が前方をしっかり注視していれば、事故を自ら回避できた可能性も否定できないとされました。
2.被告児童らの過失の程度の低さ
1.非常識な行動の予見は困難:
児童らは大人が立ち入ることは認識していても、原告があえてグラウンドの中央の集団内を突っ切ってくるような「非常識な行動に出ることは予見することができなかった」と判断されました。
2.行為自体の危険性の低さ:
児童らが手が届く程度の距離で向かい合ってじゃれ合っていたこと自体は、「それほど危険な行為であるとはいえず」、後ろを振り返らずに下がった過失等は「かろうじて認められるにすぎない」程度のものと評価されました。
結論
これらの事情を総合的に踏まえた結果、本件事故の発生には原告の不注意が極めて大きく寄与したものと判断され、地裁が認定した6割から、9割へと過失相殺の割合が引き上げられました。