中学校在学中に自死した生徒の両親が、いじめを防止すべき安全配慮義務、調査報告義務を怠ったとして損害賠償請求した事例
2026年7月30日
弁護士 松田直弘
大阪市立中学校の生徒が自ら命を絶った事案を巡り、学校側がいじめの防止や適切な調査・報告といった安全配慮義務を怠ったと主張し、両親が大阪市および当時の教員らを相手取って損害賠償請求した事例(大阪地裁判決令和7年3月27日)を紹介します。
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事案の概要
本件は、大阪市が設置する中学校に在学していた生徒(当時中学1年生)が、自宅マンションから転落して自死(死亡)した事故に関する損害賠償請求事件です。 生徒の両親である原告らは、以下の2点を主張し、学校の設置者である被告大阪市に対しては国家賠償法1条1項に基づき、被告教員ら個人に対しては民法
- 被告教員ら(校長、担任、学年主任、部活顧問等)が生徒に対するいじめを防止等すべき安全配慮義務を怠り、その結果、生徒が自死に至った。
- 被告教員らが、生徒の自死後、原因となったいじめについて調査し保護者に報告すべき義務を怠った。
争点
本件の主な争点は以下の通りです。
- 本件事故に至るまでの被告市の責任(安全配慮義務違反)
- ア:生徒に対するいじめ防止対策推進法上の「いじめ」行為が存在したか(争点1)
- イ:被告教員らに安全配慮義務違反があったか(争点2)
- 安全配慮義務違反と本件事故(自死)との相当因果関係(争点3)
- 本件事故と相当因果関係を有する損害(争点4)
- 本件事故発生後の被告市の責任(調査義務違反の有無)(争点5)
- 調査義務違反と相当因果関係を有する損害(争点6)
- 被告教員ら個人の民法709条に基づく損害賠償責任(争点7)
結論
裁判所は、一部の被告教員(担任教員)について安全配慮義務違反を認めたものの、いじめと自死との間の相当因果関係は否定しました。
その結果、被告大阪市に対する請求を一部認容し、原告ら各人に対してそれぞれ55万円(合計110万円)および遅延損害金の支払いを命じました。
一方で、被告大阪市に対するその余の請求や、被告教員ら個人に対する請求はすべて棄却されました。
本件生徒に対するいじめ防止対策推進法上の『いじめ』行為の存否(争点1)
いじめ防止対策推進法2条1項では、「いじめ」を「当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているもの」と定義しています。
原告(両親)は、生徒が受けた9つの行為(本件行為①〜⑨)が「いじめ」に該当すると主張しました。これに対する裁判所の判断は以下の通りです。
1.個別の行為に対する「いじめ」該当性の判断
① 本件生徒を「チビ・メガネ」と呼んだ行為
身体的特徴やそれに起因する状態を揶揄するものであり、心身に苦痛を感じるのが通常であるとして、「いじめ」に該当すると判断されました。
② 6月7日メモ記載の行為
生徒のかばんから「今日もいじめられ笑われた」というメモが見つかったものの、具体的な行為の内容が判然としないため、「いじめ」行為を認定することはできないとされました。
③ 筆箱を投げられた行為
自分の筆箱を取られ、複数の生徒に投げ合われたことについて、他の生徒から「いじめのように見えた」とのアンケート回答もあったことなどから、些細なふざけ合いとは考えられず、「いじめ」に該当すると判断されました。
④ 卓球部員との言い合い
部活動中に言い争いになり倒れるに至った出来事について、心身の苦痛を感じたと認められ、「いじめ」に該当するとされました。
⑤ 同級生からの発言
「上から目線やめてや」「いきっている」等の発言は、相手の日常の態度や性格を非難・攻撃する言葉であり、心身の苦痛を感じたと認められ、「いじめ」に該当するとされました。
⑥ 背中に付箋が貼られた行為
授業中に背中に付箋を貼られた行為について、授業等に支障を来す行為であり、生徒自身も担任に嫌な思いをしたと述べていたことから、「いじめ」に該当すると判断されました。
⑦ 国語辞典の回収
生徒が授業後に他の生徒の国語辞典も回収していた行為については、生徒が自発的に開始し、他の多くの生徒も感謝の意を示していたことなどから、心身の苦痛を感じていたとまでは認められず、「いじめ」には該当しないとされました。
⑧ 部活動におけるプロレス技
卓球部の先輩からプロレス技をかけられたりメガネを取られたりしたことについて、有形力の行使を伴う物理的な攻撃であり、深刻な苦痛を与えたとして「いじめ」に該当すると判断されました。
⑨ 同級生とのLINEのやり取り
LINEで「おごれよ」と金銭を要求されたり、「死ねや」「バーカ」等の暴言を受けたりしたこと、またメッセージを無視されたことについて、強い精神的苦痛や疎外感を受けたとして「いじめ」に該当するとされました。
2.「いじり」か「いじめ」かの評価について
被告側(学校・教員ら)は、生徒は「いじられキャラ」であり、いじられることを受け入れていたため精神的苦痛は感じておらず、これらは「いじめ」ではなく「いじり」にすぎないと主張しました。
しかし裁判所は、以下の理由からこの主張を退けました。
- 心理アンケート(アセス)において、生徒が「仲間にいれてもらえないことがある」「友だちにからかわれたり、バカにされることがある」等の質問に「あてはまる」と回答していたことなどから、生徒と加害生徒らとの間に「対等な人間関係が存在していなかった」ことを示す事実があると指摘しました。
- 生徒が音楽コンクールの指揮者に立候補するなどクラスに積極的であった点についても、「少しでもクラスに馴染み、自分の存在を認めてもらいたい気持ちから」であった可能性があり、それをもって苦痛を感じていなかったとは判断できないとしました。
結論として、内容が特定できなかった行為(②)や自発的とされた行為(⑦)を除く、計7つの行為(①、③〜⑥、⑧、⑨)の全てが、いじめ防止対策推進法上の「いじめ」であると認定されました。
被告教員らの安全配慮義務違反の存否(争点2)
1.担任教員(被告E)について:
裁判所は、担任教員(被告E)については安全配慮義務違反があったと認定しました。その理由は以下の通りです。
いじめを認識し得た兆候の看過:
被告Eは、5月のアンケートで生徒が過去にいじめられた経験があることを把握していました。
また、7月の心理アンケート(アセス)において、生徒がクラスで唯一「要対人支援領域」に位置付けられ、否定的な友人関係(からかわれたり、嫌なことをされる等)がかなり見られるとの分析結果を認識していました。
さらに、10月に生徒が保健室で尋ねられた際に涙を流したことや、2学期中に筆箱を投げられたり背中に付箋を貼られたりした事実を把握していました。
裁判所は、これらの事情から「遅くとも11月末日の段階においては、本件生徒の心身に苦痛を与える本件いじめ行為が現に生じ、又は将来生じ得ることを認識し得た」と判断しました。
不適切な対応といじめの助長:
いじめが生じている可能性を認識した以上、被告Eには関係生徒への丁寧な事情聴取や保護者への相談を行う法的義務がありました。
しかし、被告Eは生徒に事実確認をして「大丈夫」と返答されただけで問題がないと軽信し、特段の対応を取りませんでした。
それどころか、生徒がからかわれて笑っている一面だけを見て「いじられキャラ」であって喜んでいると誤認し、自らもクラスの笑いを取るための鉄板ネタとして「メガネ潰したろか」と発言し、他の生徒によるいじめを助長する言動に及んでいました。
これにより、安全配慮義務を尽くしていたとは到底いえないと厳しく指摘されました。
2.その他の教員について:
一方で、校長、卓球部顧問、学年主任については、いずれも安全配慮義務違反は認められませんでした。
校長(被告D):
いじめの兆候を示す事実は1年生の「学年会」(学年の教員間の会議)で共有されたにとどまり、校長には伝えられていませんでした。
校長が1年生の日々の状況把握を一次的に担任や学年会の報告に委ねることには合理性があり、自ら調査・認識すべき特段の事情はなかったとして過失が否定されました。
卓球部顧問兼2年学年主任(被告F):
卓球部の部活動中に先輩からプロレス技をかけられていた事実は認識していましたが、その都度問題の生徒を指導し、他の部員にも指示を出していました。
また、アセスの結果やクラス内での出来事などの情報を認識していなかったため、義務違反はないとされました。
1年学年主任(被告G):
直接の担任ではなく、学年会で共有された情報のうち具体的にどのような内容を把握していたかが証拠上明らかではないため、いじめ行為を認識し得たとまでは認められないと判断されました。
安全配慮義務違反と本件事故(自死)との相当因果関係(争点3)
担任教員(被告E)の安全配慮義務違反(争点2で認定)が、最終的に本件生徒の自死という結果を引き起こしたといえるか(因果関係の有無)が問われました。
裁判所は、以下の理由から、担任教員の安全配慮義務違反と本件生徒の自死との間の相当因果関係を否定しました。
いじめの態様と継続性
裁判所は、認定されたいじめ行為が本件生徒の心身を傷つけるに十分なものであり、いじめと自死との間に条件関係(いじめがなければ自死しなかったかもしれないという事実上のつながり)が認められる可能性はあるとしました。
しかし、いじめの態様は複数の生徒からの心理的な攻撃が主であり、物理的な攻撃は一部にとどまっていたことから、「苛烈で執拗なものとまではいえない」と評価しました。
また、それが長期間にわたり反復継続されていたとまでは認められないとしました。そのため、本件のいじめ行為によって生徒が自死に至るのが通常起こるべきことであるとは認められないと判断しました。
自死の予見可能性の否定
裁判所は、以下の具体的な生徒の様子や状況を挙げ、担任教員において生徒が自死することまでを予見することはできなかったと判断しました。
- 明るく積極的な態度: 生徒は日頃から明るく積極的な態度をとっており、いじめ行為が多発するようになった2学期でさえ、クラス行事の音楽コンクールに指揮者として積極的に立候補し、発表を成功させていました。
- 相談や希死念慮の不在: 生徒が「死にたい」という気持ち(希死念慮)を吐露したことはなく、両親を含めて誰に対しても、いじめによる深刻な精神的苦痛を相談していませんでした。
結論として、裁判所は、担任教員が安全配慮義務を尽くしていれば精神的苦痛を緩和し、いじめを防止できたとは認めつつも、自死という結果までを予見することはできなかったとして、自死に対する損害賠償責任(死亡による逸失利益など)は認められないと判断しました。
本件事故発生後の被告市の責任(調査義務違反)について(争点5)
生徒の自死という重大な事態が発生した後に、学校側(被告市や教員ら)がその原因を適切に調査し、保護者へ報告する法的義務を怠ったかどうかが問われました。
結論として、裁判所は学校側(被告市)の調査報告義務違反を否定しました。その主な理由は以下の4点です。
迅速な初期対応と情報提供が行われていた
裁判所は、事故発生後、校長(被告D)が直ちに教職員に資料収集を指示し、5月8日に実施されたいじめアンケートや保健室の来室記録をすぐに原告らに提供していた事実を認定しました。また、事案発生直後から生徒に対する各種アンケートや聞き取り調査を実施し、その結果も随時説明していたと評価しました。
時間がかかったことには合理的な理由があった
その後の調査方法や結果の共有方法について検討に時間がかかった点についても、調査を受ける生徒等のプライバシーに配慮するために慎重な検討が必要不可欠であり、相応の期間を要したことはやむを得ない面があったと判断しました。
「事故死」を前提にしていたとはいえない
学校側が実施した事後アンケートの質問内容を見る限り、学校側はいじめを原因とする自死の可能性も念頭に置いて調査を行っていたと認められました。また、遺書がなく、当時警察からも直接「自死である」との判断が伝えられていなかったため、自死と並行して事故死の可能性を念頭に置いていたとしても義務違反には当たらないとされました。
データ削除は隠ぺい目的とまでは認められない
アセスのデータ削除についても、隠ぺい目的で故意に削除したとまでは証拠上認められず、削除された時期や詳しい経緯も明らかではないため、この点での注意義務違反も否定されました。
以上の理由から、事後の学校側の対応には一定の時間がかかったものの、それは生徒への配慮などの正当な理由によるものであり、法的な調査報告義務に違反するものではなかったと結論付けられました。これにより、争点6(調査義務違反による損害賠償請求)も退けられることになりました。