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中学校の剣道部員が合宿中に熱中症を発症した事について、安全配慮義務違反が認められた事例

2026年10月1日

弁護士 松田直弘

市立中学校の剣道部員が合宿中に熱中症を発症し、その後の指導や部活動内の人間関係によって精神疾患を患ったとして自治体に損害賠償を求めたところ、裁判所は、顧問が練習場所の温度管理を怠り、発症翌日も適切な健康観察を行わずに練習を継続させた点について、安全配慮義務違反を認めた事例(福岡地裁令和4年3月25日判決)を紹介します。

動画による解説はこちらから

事案の概要

当事者:

原告は事故当時、被告である古賀市が設置する市立中学校の2年生で、剣道部の男子部長を務めていた生徒(X)です。被告は中学校を設置する地方公共団体(古賀市)です。

事故の発生:

平成28年8月18日、熊本県で開催された夏季剣道合同合宿の1日目午前、原告は熱中症を発症して倒れ(本件事故)、病院へ搬送されて点滴治療等を受けました。

その後の経過:

剣道部顧問(A教諭)は連絡を受けて病院を訪れましたが、医師から直接話を聞くことなく原告の見守りを父親に任せて合宿場へ戻り、合宿2日目にも原告に稽古・練習に参加させました。原告は合宿後に下肢の筋損傷(左腓腹筋損傷等)と診断されたほか、部内の人間関係の悪化等も相まって後に不登校となり、適応障害等の診断を受けました。

訴訟の提起:

原告側は、顧問教諭に1日目の熱中症予防対策を怠った安全配慮義務違反や、2日目に練習に参加させた安全配慮義務違反があり、これらによって熱中症や適応障害等を発症したと主張し、被告(古賀市)に対して国家賠償法1条1項に基づき6350万8398円および遅延損害金の支払を求めました。

争点

  1. 1日目に熱中症予防対策を講じなかった安全配慮義務違反の有無
  2. 2日目に練習に参加させた安全配慮義務違反の有無
  3. 安全配慮義務違反と本件事故(熱中症)の発生および適応障害の発症との間の相当因果関係の有無
  4. 過失相殺の類推適用の可否
  5. 損害額の算定

結論

被告(古賀市)に対し、原告へ9万8602円およびこれに対する遅延損害金の支払を命じ、原告のその余の請求を棄却しました。

争点1. 1日目に熱中症予防対策を講じなかった安全配慮義務違反の有無

1.指導教諭(顧問)の安全配慮義務の成立

前提:

中学校の部活動は学校教育の一環として行われるため、学校設置者(古賀市)は生徒の生命・身体の安全を確保するよう配慮すべき安全配慮義務を負います。

 

履行補助者としての義務:

各学校の校長や部活動の指導教諭(A顧問)は、学校設置者の履行補助者として、部活動中の生徒の生命・身体の安全確保に配慮すべき義務を負います。

 

熱中症予防義務:

熱中症は重篤な場合に死に至るものであるため、A顧問は安全配慮義務の一環として熱中症の予防に努める義務を負うと判断されました。

2.講じられていた対策とその評価

  • 本件合宿では、主催者側によってスポーツドリンク等が用意され、30分ないし40分おきに10分ないし15分の休憩時間が設けられていました。
  • 裁判所は、これにより「環境条件に応じた水分補給及び休息をとるという熱中症予防策が一応講じられていた」と一定の評価をしました。
  1. 安全配慮義務違反と認定された具体的理由(温度管理の不備)

乾球温度の把握義務:

スポーツ中の熱中症予防ガイドライン等の運動指針では、気温(乾球温度)に応じて「原則禁止(35℃超)」「厳重警戒・激しい運動中止(31℃超)」「警戒・積極的休息(28℃超)」などの分類がなされています。部活動等の指導者には、この指針を順守する前提として「少なくとも乾球温度を把握する必要があった」と判示されました。

 

環境整備義務の不履行:

したがって、A顧問には合宿中、温度を把握し得る環境を整備すべき義務がありました。しかし、本件合宿場(多目的体育館)では室温の管理がされておらず、A顧問はこの温度管理・環境整備義務を怠ったと認定されました。

4.温度把握がなされていれば講じるべきであった措置

  • 当日の気温は午前9時に約29.6℃、午前10時に32.6℃、原告が倒れた午前11時には33.1℃に達しており、午前10時の時点で指針上の「厳重警戒(31℃超)」に該当していました。
  • もし温度管理環境が整えられ気温が正確に把握されていれば、ガイドラインに従って「面を着用しないより軽装での練習」「負荷の軽い練習への変更」「体育館に設置されていたエアコン(冷房)の稼働」といった措置が講じられるべきであり、これにより熱中症事故は防止できた(高度の蓋然性がある)と認定されています。

争点2. 2日目に練習に参加させた安全配慮義務違反の有無について

  1. 2日目における事実認定(練習への参加状況と内容)

朝の体調申告と顧問の指示:

合宿2日目の朝6時10分頃、原告(X)はA顧問に対して「体調がすぐれない」旨を申告しました。A顧問は宿舎周辺の駆け足訓練(ランニング)を免除して散歩するよう指示したものの、その後に予定されていた合宿場での練習を見学するよう明確な指示はしませんでした。

 

練習への参加:

原告は午前9時からの経験者グループの練習に参加し、素振り、すり足、基本打突練習、切り返し、打込み稽古(かかり稽古)、指導教諭との地稽古、跳躍素振りを行いました。

 

A顧問の認識:

A顧問は、休憩時間等を通じて原告が見学ではなく練習に参加していることを認識していましたが、原告を注視(観察)していませんでした。

 

「過酷な指導」主張の否定:

原告側は「他校の指導教諭から体当たりされるなどの過酷な稽古を受けた」と主張しました。しかし裁判所は、熱中症による下肢疼痛等の影響が残存していた原告が特段の配慮を受けないまま「通常の負荷の稽古」に参加したため負荷を大きく感じたにすぎず、特段過酷な稽古が行われた事実は認められないと判断しました。

  1. 裁判所が認定した安全配慮義務の内容

全練習の見学指示義務の否定:

1日目に原告を診察した病院の医師は「翌日以降の練習を禁止するのではなく、様子を見ながら練習をするよう」述べていたため、2日目に運動が一切禁止される状態ではありませんでした。そのため、A顧問に「最初からすべての練習を見学させるべき義務」までは認められませんでした。

 

注視および状態に応じた見学・休息指示義務:

中学生は自らの限界や心身への影響等について十分な知識や判断能力を持たないため、指導者には無理のない練習となるよう生徒の体調に留意することが求められます。1日目に熱中症で点滴を受け足を引きずる状態であり、2日目朝にも体調不良を訴えていた原告に対し、A顧問には「2日目の原告の状態を注視し、体調がすぐれない様子が見受けられれば見学や休息を指示すべき義務」があると認められました。

  1. 安全配慮義務違反(過失)の認定理由

A顧問は、原告から早朝に体調不良の申出を受けながら、その後の練習の見学を明確に指示せず、原告が練習に参加しているのを認識しながらも原告を注視しなかった点において、上記の安全配慮義務に違反したと認定されました。

争点3:安全配慮義務違反と本件事故(熱中症)の発生および適応障害の発症との間の相当因果関係の有無について

1.熱中症事故の発生との相当因果関係:肯定

裁判所は、顧問教諭(A顧問)の安全配慮義務違反(乾球温度の把握・管理義務違反)と、合宿1日目の熱中症事故の発生との間には相当因果関係があると認めました。

判断の理由:

    • 事故当日(8月18日)の合宿場近くの気温は、午前9時に29.6℃、午前10時に32.6℃、原告が倒れた午前11時には33.1℃に達しており、午前10時の時点で指針上の「厳重警戒(31℃超、激しい運動中止)」に該当していました。
    • もし合宿場に温度計が設置され、指導者が気温を適切に把握していれば、ガイドラインに従って「剣道の面を外した軽装での練習」「負荷の軽い練習への変更」「体育館内の冷房(エアコン)の稼働」といった対処がとられていたはずです。
    • これらの対処がとられていれば、原告が熱中症にならなかった高度の蓋然性が認められるため、義務違反と熱中症発症との間の因果関係が認定されました。

2.適応障害の発症との相当因果関係:否定

原告側は「合宿2日目に過酷な稽古を受けさせられたことで適応障害を発症した」と主張し、障害見舞金や後遺障害慰謝料などを請求しました。

しかし、裁判所は原告の通院歴や登校状況の変遷を詳細に検証した結果、適応障害の発症は合宿や熱中症ではなく、主として「剣道部内の人間関係」を誘因として生じたものであり、安全配慮義務違反との相当因果関係を否定しました。