「引きこもり」などの表現に名誉毀損の成立が否定された事例
2026年11月2日
弁護士 松田直弘
原告が、自身の「拉致監禁」被害をめぐる過去の訴訟や活動に関し、ジャーナリストである被告がインターネット記事やテレビ番組等で「引きこもり」と表現したことなどを巡る損害賠償請求事件において、一連の家族との生活状況や当時の客観的状況に照らし、被告が発言の重要な部分を真実と信じるにつき相当な理由があったと認められると判断された事例((控訴審)東京高裁判決令和7年8月26日、(第一審)東京地裁判決令和7年1月31日)を紹介します。
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事案の概要
当事者:
原告(世界平和統一家庭連合/旧統一教会の信者であり「全国拉致監禁・強制改宗被害者の会」代表) vs 被告(ニュースサイト「やや日刊カルト新聞」の副代表・主筆を務めるジャーナリスト)。
背景(別件訴訟等):
原告は、親族らによって約12年5か月間にわたりマンション等に「監禁され棄教を強要された」と主張して親族らを訴えた民事訴訟(別件訴訟)において、東京高裁で約12年5か月全期間の行動の自由の違法な制約が認められ、合計2200万円の賠償命令判決が確定していました。一方、同事件の刑事告訴(逮捕監禁致傷罪等)は検察により不起訴処分となり、検察審査会でも「不起訴相当」の議決がなされていました。
本件訴訟の提起:
被告がウェブ記事、テレビ番組、シンポジウム、X(旧Twitter)投稿において、原告の被害を「引きこもり」などと表現・発言した(本件発言①~⑤)ことに対し、原告が名誉毀損の不法行為に基づき損害賠償金1100万円の支払と、人格権に基づく記事・投稿の削除を求めて提訴しました。
争点
本訴訟における主な争点は以下のとおりです。
1.名誉毀損(社会的評価の低下)の成否:
各発言(①~⑤)が、一般の読者・視聴者の普通の注意と読み方・視聴の仕方を基準として、原告の社会的評価を低下させる事実摘示または意見・論評といえるか。
2.違法性脱却事由(公共性・公益目的性・真実性および真実相当性)の成否:
各発言に公共性・公益目的性が認められるか、また「引きこもり」との事実摘示に真実性の証明があるか、あるいは真実と信じるにつき相当の理由(真実相当性)があるか。特に、過去の確定判決(別訴高裁判決)で「違法な制約(監禁)」と認定された事実に対し、「引きこもり」と表現することの真実性・真実相当性が認められるかが大きな争点となりました。
3.削除請求の可否:
人格権に基づき、本件発言⑤(X投稿)および本件発言①・②(ウェブ記事)の削除を命じるべきか。
4.損害額の算定
結論
【第1審】
- 原告の請求を一部認容。
- 本件発言②および③について名誉毀損の成立を認め、被告に対し計11万円(慰謝料各5万円、弁護士費用各5000円)の支払を命じました。本件発言①・④・⑤および記事等の削除請求は棄却しました。
【控訴審】
- 第1審の被告敗訴部分を取り消し、原告の請求(損害賠償請求および当審で追加された削除請求)をすべて棄却(被告の全面勝訴)。
争点1: 名誉毀損(社会的評価の低下)の成否
1.名誉毀損該当性の判断の枠組み
裁判所は、名誉毀損の成否(社会的評価の低下)について以下の基準に基づき判断しました。
客観的評価の低下:
問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、事実の摘示であるか意見・論評の表明であるかを問わず成立し得るとされました。
判断基準(一般読者・視聴者の基準):
社会的評価を低下させるか否かは、ウェブ記事、テレビ番組、SNS投稿のいずれであっても、「一般の読者・視聴者の普通の注意と読み方(視聴の仕方)」を基準として意味内容を解釈・判断すべきとされました。
「事実の摘示」の意義:
証拠等をもって存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張するものと理解される場合は、「事実の摘示」に該当すると判示されています。
2.各発言ごとの社会的評価低下の判断(地裁・高裁の認定)
地裁・高裁ともに、本件発言①・②・③については原告の社会的評価を低下させる(名誉毀損の要件を満たす)と認定した一方、本件発言④・⑤については社会的評価の低下を否定しました。
(1) 本件発言①(ウェブ記事:「ただの“引きこもり”となった男性信者が…」)
発言内容:
脱会説得に応じずマンションに留まり「ただの“引きこもり”となった男性信者が」「“拉致監禁に耐え切った英雄”として」統一教会内でスターダムにのし上がったという旨の記述。
地裁の判断:
行動の自由を制約する「監禁」と対比して「引きこもり」(自らの意思による家庭内留保)との事実を摘示するものと解釈しました。就学・就労が可能であるのに家庭内にとどまり続ける「引きこもり」という表現は価値中立的とはいえず、原告の社会的評価を低下させると認めました。
高裁の判断:
「引きこもり」は社会的参加の回避を中核とする現象概念であり、一般に「社会性の乏しい人物」または「精神面に問題を抱えている人物」との消極的印象を与えるため、原告の社会的評価を低下させると認めました。
(2) 本件発言②(ウェブ記事:「12年間に及ぶ引きこもり生活の末、裁判で2000万円をGETした…」)
発言内容:
写真のキャプションにおいて「12年間に及ぶ引きこもり生活の末、裁判で2000万円をGETした」と記述した点。
地裁の判断:
引きこもり生活をしているだけで2000万円を獲得したという事実を摘示するものであり、原告の社会的評価を低下させると認定しました。
高裁の判断:
社会性の乏しい人物等の印象に加え、「不当に民事裁判に勝訴し多額の賠償金を得た人物」との印象を一般読者に抱かせるため、社会的評価を低下させると認めました。
(3) 本件発言③(テレビ番組での発言:「ほぼ引きこもり状態の中…」)
発言内容:
ワイドショー番組で「体格が劣る母親と2人きりの時であっても全く出ていかなかった」「外形的にはほぼ引きこもり状態」などと発言した点。
地裁の判断:
具体的なエピソードの裏付けをもって原告が単なる引きこもりであったという事実を摘示するものであり、社会的評価を低下させると認定しました。
高裁の判断:
「ほぼ引きこもり状態」との事実摘示により、社会性の乏しい人物等の印象や、「実際には監禁されていないにもかかわらず民事裁判において監禁されたと主張していた人物」との印象を与えるため、社会的評価を低下させると認めました。
(4) 本件発言④・⑤(シンポジウムでの回答・X投稿)
発言内容:
本件発言④は質問に対する「どうでもいいです。ご自由に受け取ってください。」との回答、本件発言⑤はXにおける教団の「被害者アピール」批判投稿。
地裁・高裁の判断:
本件発言④は単なる回答拒絶の意思表示にすぎず、本件発言⑤は教団を批判するものであって、いずれも原告個人の社会的評価を殊更に低下させる表現や事実の摘示・論評は含まれていないとして、名誉毀損該当性を否定しました。
争点2: 違法性脱却事由の成否
1.違法性脱却事由の判断の基本枠組み
名誉毀損に該当する表現であっても、以下の要件を満たす場合には違法性が否定される(または故意・過失が否定されて免責される)と判定されます。
- 公共の利害に関する事実に係るか(公共性)
- 目的が専ら公益を図るものか(公益目的性)
- 摘示された事実の重要部分について真実であることの証明があるか(真実性)
- 仮に真実性の証明がない場合でも、行為者がその事実の重要部分を真実と信じるにつき相当の理由(真実相当性)があれば、故意・過失が否定されます。
- 意見・論評の表明の場合も、前提となる事実の重要部分が真実であるか(または真実相当性があるか)、かつ人身攻撃に及ぶなど論評の域を逸脱していないかが問われます。
2.公共性および公益目的性の判断(地裁・高裁共通)
地裁・高裁ともに、本件発言①・②・③について公共性および公益目的性を肯定しました。
判断理由:
原告が旧統一教会の信者であり被害者団体の代表として活動していたこと、別件訴訟(脱会説得や監禁被害を巡る民事裁判)の審理経過が社会的関心事であること、被告がジャーナリストとして傍聴・取材に基づき報じた記事やカルト問題を扱うテレビ番組での発言であったことから、一般社会の正当な関心事であり専ら公益を図る目的であったと認められました。
3.真実性・真実相当性の判断
本件で最大の問題となったのは、「過去の確定判決(別訴高裁判決)が『違法な行動制限(監禁)』と認定した事実に対し、被告が『単なる引きこもり』と表現したことに真実性・真実相当性が認められるか」という点です。
東京高裁は、以下の通り発言①・②・③のすべてについて真実性(仮にそうでなくとも真実相当性)があるとして、原告の請求をすべて棄却しました。
① 民事確定判決に対する拘束力の否定(自由心証主義)
高裁は、「民事訴訟は当事者間の相対的紛争解決のための手続であり、別件訴訟の当事者でない被告がその確定判決の事実認定に拘束される理由はない」と示しました。また、自由心証主義(民事訴訟法247条)に基づき、過去の裁判の事実認定や評価に拘束されることなく、当審の裁判所が独自に事実を認定できると判示しました。
② 「引きこもり」概念の整理
高裁は、「引きこもり」を社会的参加の回避を中核とする状態・現象概念と定義しました。他人の違法な監禁等により専ら外的な要因で外出できない場合を除き、原因が何であれ本人の意思が関与して社会と接触しない状態にあれば真実性が認められると整理しました。
③ 具体的な真実性の認定根拠
高裁は、過去の別件訴訟の証拠(家族らの尋問調書等)を再検討し、以下の客観的事実から「自らの意思で家庭内にとどまっていた(引きこもり状態であった)」という主要事実の真実性の証明があったと結論付けました。
1.家族からの外出促しと拒否:
平成10年9月以降、むしろ家族の側から原告に繰り返し外出するよう促していたのに原告が拒み続け、平成20年に最終的に家族が力尽くで外に押し出したこと。
2.物理的施錠の不在:
玄関に南京錠が掛かっていた期間(約5か月)や木戸が施錠可能だった期間(数か月)を除き、概ね物理的に外出を妨げる措置は講じられておらず、外出が容易な客観的状況にあったこと。
3.体格差と機会:
原告(身長182cm・70kg)に対し、同居していたのは体格の著しく劣る女性親族(母:148cm・36kg、妹:153cm・39kgなど)であり、女性と2人きり・3人きりの時間が非常に多く存在したため、真に脱出する意思があれば容易に外出できたこと。
4.不自然な抵抗行動:
原告が自室で暴れたり玄関に向かったりしたのは男性親族(兄)が在宅している機会に限られており、真に脱出を試みていたとは認められないこと。
5.刑事処分および検察審査会の判断:
逮捕監禁致傷罪等の告訴に対する嫌疑不十分での不起訴処分および検察審査会の「不起訴相当」議決の指摘が合理的であること。
