中学校で教諭から侮辱的な発言を受けた後に不登校となり、生徒が自死した事件で、担任教諭の発言が教育的指導の範囲を逸脱しると判断された一方、自死との相当因果関係が否定された事例
2026年10月8日
弁護士 松田直弘
中学校で教諭から侮辱的な発言を受けた後に不登校となり、最終的に自死に至った生徒の遺族が、学校の設置者である自治体を相手取り提訴したところ、裁判所は担任教諭による「タコ」という発言が教育的指導の範囲を逸脱しており違法であると認定し、慰謝料などの支払いを命じる一方で、教諭の発言や学校側の対応と生徒の自殺との間の相当因果関係については、家庭環境や進路の悩みなど他の要因も考慮し、認めなかった事例(福岡地裁判決令和8年5月28日)を紹介します。
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事案の概要
- 当事者
- 原告ら:本件学校(中学校)の生徒であった亡本件生徒の父母。
- 被告:本件学校を設置する地方公共団体。
- 経緯
- 平成30年4月、生徒が本件学校に入学しました。
- 同年8月31日、1年時担任のC教諭は、学級活動の時間において、生徒がしおりの表紙を逆向きにしてホッチキス止めをしていたため、同級生の面前で「反対やないかタコ」と発言しました(本件発言)。
- その後、生徒は同級生から「タコ」とからかわれるなどのいじめを受け、同年10月3日以降、不登校となりました。
- 生徒は心療内科に通院し「社交不安障害等」の診断を受けて精神療法を受けていましたが、令和2年に自宅で自殺しました。
- 原告らの請求
- 原告らは、教諭らの不適切な発言やいじめ防止・復学支援の怠慢により、生徒が社交不安障害等を悪化させて自殺に至ったと主張し、損害賠償を請求しました(主位的に国家賠償法1条1項、予備的に安全配慮義務違反)。
- また、不登校や自殺後の原因調査等を怠ったとして、保護者固有の損害賠償も請求しました。
争点
本訴訟における主な争点は以下の4点です。
- 本件生徒に対する対応の国家賠償法上の違法性(C教諭の本件発言の違法性、いじめ防止義務違反、教諭らの調査・復学支援義務違反)
- 本件発言等と社交不安障害等の発症・悪化および本件自殺との間の相当因果関係
- 原告ら(保護者)に対する対応の国家賠償法上の違法性(不登校後および自殺後の調査・配慮義務違反)
- 損害額の算定
結論
裁判所は被告に対し、原告らそれぞれに計55万円の支払を命じました。その他の自殺や疾患発症等に係る損害賠償請求などはすべて棄却されました。
争点1-1: C教諭の本件発言の違法性
1.判断基準(教育的指導の限界)
裁判所は、教諭が生徒に対して行った行為が国家賠償法上違法となるか否かについて、「その行為の目的及び態様等に照らして、教諭が児童に対して行うことの許される教育的指導の範囲を逸脱したものと認められるか否か」という判断基準を示しました。
2.本件発言の目的と内容の不相当性
目的:
C教諭は、生徒がしおりの表紙を逆向きにしてホッチキス止めしていた誤りを指摘する目的で発言しました。
内容の評価:
誤りを指摘すること自体は教育的指導の一環といえますが、それを取り立てて生徒を「タコ」と呼ぶ必要性は全くなかったと判示されました。
裁判所は、この「タコ」という表現自体が生徒を侮辱するものであり、指導として不相当であったと明確に認定しました。
3.指導の範囲逸脱を基礎づけた具体的事情
裁判所は、単なる言葉遣いにとどまらず、以下の背景や状況を総合的に考慮して違法性を判定しました。
- 生徒の置かれていた状況(Q-Uアンケート結果の認識)
入学直後(平成30年5月)に行われたQ-Uアンケートにおいて、生徒は学級満足度が低く支援を要する「要支援群」と評価されており、C教諭もその事実を認識していました。そのため、C教諭には生徒に対する言動について慎重さが求められる状況にありました。 - 発言の態様と同級生への影響(いじめの誘発)
発言は学級活動の授業中、多数の同級生の面前で行われました。さらに、この発言をきっかけとして同級生らが生徒を「タコ」と揶揄するいじめを発生・誘発させる態様であったことも重く提示されています。
4.被告(自治体側)の反論に対する判断
被告側は、「厳しく咎める口調ではなく、生徒の人格を貶める意図もなかった」として違法性を否定する主張を行いました。
しかし裁判所は、以下のように示して被告の反論を退けました。
- C教諭と生徒との間に、このような軽口を叩き合えるような信頼関係が構築されていたことをうかがわせる事情はないこと。
- 要支援群に属し言動に慎重さが求められていた生徒の状況に鑑みれば、口調や意図に関する被告の主張を踏まえても、職務上の注意義務違反(教育的指導の範囲逸脱)という認定は左右されないこと。
5.慰謝料
生徒が被った精神的苦痛に対する慰謝料として50万円が認められました。
争点1-2:いじめ防止義務違反について
原告らは、「C教諭は同級生らが本件発言のまねをして『タコ』と揶揄するなどのいじめを行っていることを知り、または知り得たのに放置した」と主張しました。
これに対し、裁判所は以下の理由から違法性を否定しました。
1.事前認知の否定
保護者(母親)から連絡を受ける前に、C教諭がいじめの事実を知っていた、あるいは知り得たことを認める証拠はないと判断されました。
2.発覚後の迅速・適切な対応
保護者からの連絡を受けたC教諭は、直ちに生徒の自宅を訪問して聞き取りを行い、生徒指導担当教諭とともにいじめを行った同級生4名を特定して指導を行いました。その上で同級生らに生徒へ直接謝罪させ、二度と嫌がらせをしないと約束させるとともに、C教諭自身も本件発言について生徒に直接謝罪しました。
3.再発の不存在
上記の指導および謝罪が行われた後、いじめが再発・継続したことをうかがわせる事情は認められませんでした。
C教諭がいじめを知りながら放置したとはいえず、いじめ防止措置として適切な対応を行っていたため、国家賠償法上の違法性はないと結論付けられました。
争点1-3:調査義務・復学支援義務違反について
裁判所は、学校側のこれまでの対応を具体的に検証し、いずれも違法とはいえないと判断しました。
1.いじめの実態調査について
- 情報の把握と組織的共有
いじめの発覚直後、教諭らは生徒および同級生らからの聞き取りを実施して事実関係を確認し、校内の生徒指導委員会で共有するとともに福岡市教育委員会へ報告しており、確認に必要な措置を講じていました。
- 調査不実施の合理性
同級生への指導・謝罪以降はいじめが継続していた形跡がなく、不登校となった後も生徒や保護者とのやり取りにおいていじめが話題に上ることはありませんでした。また、自殺発生までの約2年間、保護者側から調査の要望も出されていなかったため、不登校の長期化の原因がいじめによるものと考えず追加調査を行わなかったことが「直ちに不合理であったとはいえない」と判示されました。
2. 復学・進学支援について
- 継続的な状況把握と関係維持
生徒が不登校となってから自殺に至るまでの約2年間、担任教諭(1年時C教諭、2・3年時D教諭)は、週1回程度のペースで母親との電話連絡や校内での面接を継続し、生徒の生活状況を丁寧に聴取していました。
- 主治医の助言に配慮した対応
心療内科の主治医から「無理に登校させないように」との助言が出されていたことを受け、学校側は生徒に無理な登校を強制せず、負担に配慮した対応をとっていました。
- 具体策の提案・案内
学校内の「ステップルーム」(別室登校)での学習を提案したほか、3年生進級後は進路の悩みに応じて通信制高校を紹介し、体験入学へ参加できるよう調整するなど、復学や進学に向けた継続的な支援を行っていました。
裁判所の判断:
教諭らは法令等に基づき必要な調査や継続的な支援を行っており、いじめ防止対策推進法等に反する違法な対応があったとは認められないと判断しました。
争点2: 本件発言等と社交不安障害等の発症・悪化および本件自殺との間の相当因果関係について
1.精神疾患の発症・悪化との因果関係:
小学校6年時の発声障害、入学直後の要支援評価、発言前のいじめ、進路選択への強い不安など複数の要因が存在したこと、また診療録や生活上で生徒が本件発言に言及していなかったこと等から、本件発言が発症の引き金になったとは認められないとされました。
争点3:保護者に対する対応の違法性
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- 裁判所は、学校側がいじめ発覚後に情報収集・指導・校内共有・教育委員会報告を行っていたこと、また約2年間にわたり週1回程度の保護者連絡や面談を実施し、主治医の「無理に登校させない」との助言を踏まえて負担に配慮した支援等を行っていたことを認定しました。
- これらは生徒本人に対する関係で違法といえないのと同様、原告ら(保護者)に対する関係においても国家賠償法上違法であったとは認められないと判断されました。
1.いじめ解消からの期間経過:
本件自殺は、学校側がいじめ解消と判断した平成31年1月から約1年9か月が経過した後に発生したものであり、その間いじめが継続していたことをうかがわせる事情は見当たらなかったこと。
2.保護者側の明確な意向表明:
自殺直後、母親から担任(D教諭)に対し「同級生が卒業するまで自殺の事実を伝えないでほしい、通夜・葬儀は家族で行う」等の意向が伝えられていたこと。
3.約2年間の調査要求の不在:
自殺発生から令和4年11月に本件調査依頼を行うまでの約2年間、原告らから学校側に対して調査が求められたことはなかったこと。
以上の点から、学校側において、本件自殺が「いじめにより」生じた疑いがある(いじめ防止対策推進法28条1項1号)という判断をせず、同法や指針に基づく調査を実施しなかったことが直ちに不合理であったとはいえず、国家賠償法上の違法性は認められないと結論付けられました。