解雇撤回後の不就労と賃金未払いが争われた裁判例について
2026年3月14日
弁護士 松田直弘
不動産会社に勤務していた従業員と会社との間で争われた、解雇の有効性や未払賃金、歩合給の変更などを巡る裁判例(東京高等裁判所令和6年12月24日判決、さいたま地方裁判所令和6年4月16日判決)を紹介します。
事案の概要
本件は、不動産売買・仲介業を営む被告(Y社)に、令和3年2月から営業担当者として勤務していた原告(X)が、会社側による一方的な労働条件の変更や、その後の解雇の有効性を巡って争った事案です。特に会社は一度解雇したものの、その後解雇を撤回しています。しかしながら、従業員は出勤しませんでした。そのような中、どのような状態になれば、会社は給与を支払わなければならないのか、あるいは支払わなくても良いのか、が判断されています。
1. 労働条件と歩合給を巡る紛争の端緒:
Xは入社時、基本給25万円に加え、自身が担当した売上の10%を歩合給として受領する契約を締結していました。しかし、令和3年12月の営業会議において、Y社代表者は令和4年1月より歩合給制度をスライド制に変更すると発表しました。この新制度には、売上が高い場合の支給率は上がる一方で、「月間の成約件数が0件だった場合、翌月の歩合給計算の基礎となる売上から50万円を差し引く」というペナルティが含まれており、営業担当者にとって不利益なリスクを伴うものでした。
2. 成約案件の折半と代表者との対立
令和4年2月、Xは他店舗の店長(C)の紹介で来店した顧客の成約を担当しましたが、Y社側はこの案件の歩合給をXとC店長で折半するよう命じました。Xはこの決定に納得していませんでしたが、同時期にXが営業車として購入した私有車(レクサス)の使用を巡っても、代表者から「社風に合わない」「使いたいなら他の会社へ行け」と激しい叱責を受けるなど、代表者との対立が深まっていました。同年4月4日、代表者はXに対し、基本給を20万円に減額すると告げ、Xが反対すると「気に入らないなら辞めてしまえ」と退職を迫った末、同日付で解雇(本件解雇)を通知しました。
3. 解雇の撤回と復職を巡る対立
Xが弁護士を通じて解雇の無効を主張したところ、Y社は同年5月10日に解雇を撤回し、5月12日からの復職を命じました。しかし、Y社は撤回と同時に、Xの過去の職場離脱などを理由とした懲戒手続きの開始を通知し、職場所在地も以前の店舗から本店へ変更(配転)しました。Xは、信頼関係が破壊された状況での復職に不安を抱き、職場環境の整備や不当解雇への謝罪、減額された歩合給の精算などを求めて交渉を重ねましたが、Y社側は解雇の不当性を認めず、十分な環境改善がなされていないとしてXは出勤を拒否し続けました。
4. 訴訟の提起
最終的にXは、
(1)労働契約上の権利を有する地位の確認
(2)解雇撤回後の不就労期間中の賃金
(3)解雇前に行われた歩合給の変更や折半による未払賃金の支払などを求めて提訴しました。
争点
確認の利益の有無:
Y社が解雇を撤回した後も、Xが「労働契約上の権利を有する地位」の確認を求める法律上の利益があるか。
歩合給変更の有効性:
営業会議での説明を経て行われた歩合給計算方法の変更について、Xの合意(真意による同意)があったといえるか。
2月4日分歩合給の帰属:
他の従業員(C)の紹介客をXが担当して成約した案件について、歩合給を折半させたことの正当性。
解雇撤回後の賃金請求権:
解雇撤回後にXが出勤しなかったことについて、Y社側に帰責事由(受領拒絶状態)があるか。
一審判決の結論
- 地位確認請求:却下(確認の利益なし)。
- 賃金・損害賠償請求:すべて棄却。
二審判決の結論
- 地位確認請求:控訴棄却(一審の却下判断を維持)。
- 賃金請求:一部認容。歩合給の減額分および、解雇撤回後の一定期間(令和4年6月13日まで)の賃金の支払をY社に命じた。
- 反訴請求:Y社による社会保険料の立替金請求を全額認容。
争点ごとの一審・二審の判断
地位確認(訴えの利益の有無):
一審は、Y社が解雇を撤回し、Xの地位を争っていない以上、確認の訴えを認める必要はないとしました。
二審も、一審と同様、Y社が解雇撤回により雇用関係の継続を認めているため、確認の利益はないとしました。
歩合給変更:
一審は、営業会議で反対意見が出なかったことや、Xがその後しばらく異議を述べなかったことから、Xを含む従業員全員の承諾があったと認定しました。
一方、二審は、変更内容が「ハイリスク・ハイリターン」であり労働者に不利益を及ぼし得るため、真意による合意を慎重に判断すべきとし、説明不足や代表者との対立関係から「異議を述べなかったことのみで合意したとは認められない」と一審判断を覆しました。
歩合給折半:
一審は、紹介経緯に照らせば折半の指示は不合理ではなく、Xも承諾していたと判断しました。
一方、二審は、明確なルールがない中でXが真意で同意したとは認められないため、Y社は全額を支払う義務があるとしました。
解雇撤回後の賃金:
一審は、Y社は復職後の条件を明示し、職場環境への配慮も示して出勤を督促していたため、就労不能の責任はY社にはない(受領拒絶ではない)と結論付けました。
一方で二審は、不当解雇により信頼関係が損なわれた場合、単なる撤回だけでは受領拒絶状態は解消されないとし、職場環境への配慮等が不十分だった特定の期間(令和4年6月13日まで)についてはY社の帰責性を認めました。
コメント
二審は、Xが就労していない事には変わりがないものの、令和4年6月13日までは、Y社に対して給与を支払う義務があると判断した一方で、翌日以降については支払う義務がないと判断しています。ここで判断が分かれた理由は、
主に「Y社による職場環境の改善・条件明示」と、それに対する「X側の対応(具体的な改善要求の欠如)」の2点に集約されます。
会社が取った対応は次のようなものです。
- Y社による就労状況の相当な改善(令和4年5月26日の通知)
裁判所は、Y社が令和4年5月26日に行った通知により、不当解雇によって生じた「労務提供を困難とする状況」が相当程度改善されたと判断しました。この通知により、以下の点が明確化・措置されたことが重視されています。
- 賃金の適正化: 以前代表者が一方的に告げた減給ではなく、本来の雇用契約に基づく賃金を支払うことが示された。
- 就労条件の明示: 本店勤務(配転)の正当性、営業担当としての職務内容、始業時刻などが明確にされた。
- 職場環境への配慮: ハラスメントを行わないことの誓約、相談窓口の設置、および稼働が安定するまでの懲戒手続きの停止という方針が示された。
- 対話の拒否をしていない: Xから具体的な指摘があれば精査検討する姿勢を崩していなかった。
これに対して、Xが取った対応は次のようなものでした。
- Xが具体的な支障を指摘しなかったこと(令和4年6月13日の回答)
Y社は6月6日に、1週間以内に改めて就労意思の有無を連絡するようXに求めました。これに対し、Xが6月13日に行った回答の内容が判断の決め手となりました。
- 就労意思を明らかにせず: Xは期限までに労務提供の意思があるかどうかを明確に答えませんでした。
- 具体的な改善要求の欠如: Xはこれ以上、復職に向けた条件について**「具体的な問題点を指摘したり、改善を求めたりすること」をしませんでした**。
- 労働審判への移行: 復職の交渉を続けるのではなく、労働審判を申し立てる旨を通知したにとどまりました。
結論としての判断
裁判所は、Y社の措置が必ずしも100点満点(十分なもの)とは言えなかったとしても、Xがそれ以上の具体的な検討事項を指摘しなかった以上、「その頃(6月13日頃)にはXが労務提供可能な状況にあった」と認定しました。
したがって、その翌日である6月14日以降の不就労については、もはやY社側に出勤を拒んでいる責任(受領拒絶の帰責性)はないと結論付けられました。
Y社が非を認めるべき所については、非を認めて、これを改善していた事が大きなポイントになったものと思われます。
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