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婚姻費用分担金の支払いをしなかった事で有責配偶者に当たると判断された裁判例

2026年4月18日

弁護士 松田直弘

別居中の妻に対して婚姻費用の支払いを拒否し、経済的に追い詰めることで離婚を承諾させようとした夫(原告)の請求が棄却された裁判例(東京家裁判決令和4年4月28日)を紹介します。

動画による解説はこちら

事案の概要

本件は、原告(夫)が、性格や価値観の不一致などを理由に4年以上別居しており婚姻関係が破綻している(民法770条1項5号)として、被告(妻)に対して離婚および2人の子どもの親権者を被告と定めることを求めた事案です。

これに対し被告は、婚姻関係の破綻を争うとともに、仮に破綻しているとしても、主たる責任は婚姻費用の分担金を支払わずに「兵糧攻め」で離婚に応じさせようとしている原告にあると主張し、有責配偶者からの離婚請求は認められないとして棄却を求めました。

争点

本件の主な争点は、以下のとおりです。

  • 原告と被告の間に「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)があり、婚姻関係が破綻しているか。
  • 仮に婚姻関係が破綻しているとした場合、婚姻費用の不払いや居住中のマンションの賃料請求などの「兵糧攻め」を行った原告が有責配偶者に該当し、その離婚請求が信義誠実の原則に反して許されないものか。

結論

原告の請求(離婚請求)は棄却されました。

婚姻関係は破綻していたのか

性格や価値観の不一致だけで婚姻の継続を困難とする事情があったとは認められないとしつつも、口頭弁論終結時における別居期間が46か月を超えていること自体が破綻を基礎付ける事情であるとして、婚姻関係は既に破綻していると認定しました。

そのため,次の「有責配偶者からの離婚請求」である事が認められなければ,原告(夫)からの離婚請求は認められていたことになります。

原告(夫)は有責配偶者なのか

1.裁判所が認定した事実:

裁判所は、夫による以下の行動を事実として認定しました。

1.一方的な別居の開始

 夫は平成29年(2017年)春頃、妻や子どもたちに対し、何のゆかりもない土地への移住を勧めました。妻と子どもがこれを断ると、夫は同年7月に一方的に別のマンションを賃借して家を出ていき、別居を開始しました。

 

2.生活費(婚姻費用)の支払いの停止

 夫は別居後、妻に対して月額46万円の生活費を送金し、妻はそこから夫に対して月額23万円の家賃を送金するというやり取りをしていました。しかし、夫が申し立てた離婚調停が平成30年(2018年)12月に不成立で終了すると、夫は平成31年(2019年)2月以降、妻に対する生活費の支払いを一切停止しました。

 

3.妻に対する賃料請求訴訟の提起

 夫からの送金が止まったことで、妻は夫に対する月額23万円の家賃送金ができなくなりました。すると夫は令和元年(2019年)8月、妻に対して未払賃料の支払いを求める民事訴訟を提起しました。なお、この裁判は「当事者間に賃貸借契約は成立していない」として夫の敗訴が確定しています。

 

 

4.婚姻費用支払を命じる裁判所の審判の無視

 妻は生活費の支払いを求めて婚姻費用分担調停・審判を申し立てました。その結果、裁判所は夫に対し、未払分約800万円と月額約25万8000円を直ちに支払うよう命じる審判を下し、これは確定しました。しかし、夫は本件の離婚訴訟の口頭弁論終結時に至るまで、一切の支払いをしませんでした。

2.裁判所による評価:

裁判所は、上記の事実関係を踏まえ、夫の行動を以下のように厳しく評価しました。

1.「兵糧攻め」による身勝手な振る舞い

 裁判所は、夫が生活費の支払いを一切しなくなったばかりか、独自の主張に基づき妻子が住む家の未払賃料を求める訴えを起こしたことについて、「正に兵糧攻めによって被告(妻)に原告(夫)の一方的な離婚の要求を受け入れさせようとするものであった」と評価しました。また、自身が負うべき生活費の分担義務を顧みない「身勝手な振る舞い」であると断じています。

 

2.婚姻関係の修復を困難にした主たる責任

 別居期間が4年6か月を超え、婚姻関係が破綻するに至った原因について、裁判所は、一方的に離婚を実現しようとした夫がこの「兵糧攻めともいうべき身勝手な振る舞い」を続けたことで、関係修復を困難にしたことにあると結論付けました。したがって、破綻の主たる責任は夫にあり、夫は「有責配偶者」に当たると認定されました。

 

3.事後的な支払いの意向についての評価

 夫は裁判の本人尋問において、今になって生活費(婚姻費用分担金)を支払う意向を示しました。しかし裁判所は、たとえ今になって支払ったところで、「これまで兵糧攻めともいうべき身勝手な振る舞いを続けてきたという事実がなかったことになるわけではない」と指摘しました。そのため、有責配偶者である夫からの離婚請求が信義誠実の原則に反して許されない、とする結論がこれによって覆ることはないと判断しています。

これにより,本件は,有責配偶者である原告(夫)からの離婚請求であると認められました。

有責配偶者からの離婚請求であっても離婚が認められる余地

同居期間(約11年)に対して別居期間(46か月超)が短いこと、未成熟の子(14歳および10歳)がいること、離婚して婚姻費用の支払いを受けられなくなると被告が経済的に極めて過酷な状態に置かれることを考慮し、有責配偶者である原告からの離婚請求は信義誠実の原則に反すると判断しました。