精神障害の発症について会社側の安全配慮義務違反が認められ,休職期間満了による自然退職又は合意退職が無効とされた事例
2026年7月27日
弁護士 松田直弘
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事案の概要
- 本件は、被告会社(一般貨物運送業者等)と労働契約を結び、長距離トラックの運転手として稼働していた原告が提起した訴訟です。
- 原告は、被告会社による「合意退職ないし自然退職」の扱いは無効であるとして、労働契約上の権利を有する地位(従業員としての地位)の確認を求めました。
- 同時に、過酷な労働環境に対する安全配慮義務違反によってうつ病を発病したとして、被告会社およびその代表取締役(被告Y1)に対し、連帯して1716万3950円の損害賠償金および遅延損害金の支払いを求めました。
争点
裁判において争われた主な争点は以下の4点です。
- 原告が被告会社を平成29年7月6日に合意退職ないし自然退職したか(退職の有効性)
- 被告らの安全配慮義務違反等による責任の有無
- 原告の症状固定の有無(うつ病が治癒またはこれ以上回復が見込めない状態になっているか)
- 原告の損害額
結論
裁判所は、原告が被告会社に対して労働契約上の権利を有する地位にあることを確認しました。
また、被告会社および被告Y1に対し、連帯して損害賠償金1716万3950円と、訴状送達日の翌日から支払済みまで年3%の割合による遅延損害金を支払うよう命じました。
退職の有効性について
裁判所は、従業員としての地位を失うこととなる「退職意思の存否」は慎重に判断されるべきであるという基準を示しました。
その上で、以下の理由から被告会社の主張を退け、退職の取扱いは無効であると判断しました。
1.退職の明示的な意思表示がない
原告が「自然退職の手続等、ご連絡頂ければと思います」と記載した文書を送付したことや、求めに応じて保険証を返還したことだけでは、直ちに合意退職が認められることにはならないとしました。実際、正式な退職届は提出されておらず、退職する旨の明示的な意思表示があったとは認められないと判断しました。
2.退職勧奨を明確に拒否していた
証拠によれば、原告は平成29年4月7日付の診断書を提出した後、同月25日には退職勧奨を拒否する旨の文書を会社に送付していた事実が認められました。
3.労務を提供できない「やむを得ない事情」があった
原告が長期間仕事ができなかったことについては、被告会社の業務に起因するうつ病(労災)によって運転ができない状況に陥ったものであり、従業員としての労務提供ができなかったことには「やむを得ない事情」があったと認定されました。
被告らの安全配慮義務違反等による責任の有無
裁判所は、全面的に原告の主張を認め、被告会社および被告Y1の責任を肯定しました。
具体的な判断理由は以下の通りです。
1.極度の長時間労働とうつ病の因果関係(業務起因性)の認定
労働基準監督署が認定した「発病前6か月の時間外労働がいずれも月100時間超え(最大230時間50分)」という記録の算定過程には不合理な点がなく、相応の合理性と信用性があると判断しました。
この長時間の長距離トラック運転による「量的な過重性」によって原告に強度の心理的負荷がかかり、うつ病を発病したと推認しました。
2.被告会社の安全配慮義務違反
会社は、従業員を極度の長時間労働に従事させながら、客観的な方法による労働時間の管理把握義務を果たしておらず、原告が健康を害することの予見可能性もあったとして、安全配慮義務違反による損害賠償責任を負うと認めました。
3.代表取締役(被告Y1)の連帯責任
被告Y1は労務担当取締役であったにもかかわらず、従業員が過重業務に陥らないよう労働時間を適切に把握し是正する注意義務を全く講じていなかったと認定されました。この職務執行には悪意または重大な過失があったとして、会社法429条1項に基づき、会社と連帯して賠償責任を負うと判断しました。
4.被告側の反論に対する排斥
「点呼」時間などの労働時間性について:
先輩ドライバーからの指示により、運転日報の「点呼」欄に荷積・荷卸の時間を記入する慣習があり、会社もそれを指導・是正していなかった事実が認められました。そのため、点呼等の時間は会社の指揮命令下で荷積・荷卸に従事した労働時間であったと推認されました。
休憩時間について:
実際には「違反したら罰金を取られるから10分だけ休憩を取って運転することも頻繁にあった」「まとまった休憩時間が取れないのが現実であった」という運転手らの証言を信用しました。いつでも休憩が取れたという会社側の主張は「推測にすぎない」として退けられました。
その他の負荷について:
労働時間が極めて長時間であり強度の心理的負荷が明らかである以上、ノルマやハラスメントの有無、あるいは原告の過去の経験といった要素をもってしても、直ちに業務起因性が覆ることはないと判断されました。