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持久走の授業後に教室から転落死した生徒について、異変を察知しながら放置したとして安全配慮義務違反が認められた事例

2026年10月5日

弁護士 松田直弘

持久走の授業後に中学校の教室から転落死した生徒について、インフルエンザによる異常行動などの異変を察知しながら、教諭が保健室まで付き添わずに一人にした安全配慮義務違反を認定した事例(神戸地裁判決令和4年11月30日)を紹介します。

動画による解説はこちらから

事案の概要

D中学校(被告:兵庫県Y市が設置管理)の1年生男子生徒E(当時12歳)が、体育の授業で行われた約3kmの持久走の終了後、校舎4階の教室の窓から中庭に転落して死亡する事故が発生しました。

 

Eは持久走終了後、雨でぬかるんだグラウンドに寝そべって体操服を泥まみれにし、遠回りをして昇降口へ戻りました。

昇降口付近で体育教諭Fから「大丈夫か、しんどくなったら保健室に行ったらいい」と声をかけられたものの、「気づいたらこうなった」等の不可解な言動があり、上履きを履かずに4階の自教室へ向かいました。

その後、移動教室のため教室に1人残された際、窓の転落防止手すり(高さ122cm)を乗り越えて外へ出た末に転落しました。

 

本件は、Eの遺族が、学校の教諭らに以下の注意義務違反(過失)があったと主張し、国家賠償法1条1項または安全配慮義務違反に基づき損害賠償を求めた事案です。

  1. 持久走の計画策定段階における熱中症予防指導・水分補給場所確保の怠り、および監督態勢構築義務違反。
  2. 持久走終了後、意識障害・異常行動がみられたEを一人にせず保健室に連れて行って保護すべき注意義務の怠り。

争点

本訴訟における主な争点は以下の4点です。

  1. 争点1(計画策定段階の過失および事故原因): 事故の原因が熱中症かインフルエンザ感染等による発熱か、ならびに持久走の計画・監督態勢に過失があったか。
  2. 争点2(持久走実施後の保護義務・過失・相当因果関係): 昇降口付近でEと会話した時点で体育教諭Fに「Eを一人にせず保健室へ連れて行く保護義務」があったか、Fに過失および事故との相当因果関係が認められるか。
  3. 争点3(音楽教諭の注意義務違反): 3限目の授業を担当していた音楽教諭に、教室へ確認に向かい保護・救護すべき注意義務違反があったか。
  4. 争点4(損害額および損益相殺): 教諭らの過失と相当因果関係のある損害額、および独立行政法人日本スポーツ振興センターから支給された死亡見舞金(2,800万円)の控除方法。
  5.  

結論

裁判所は、原告らの請求を一部認容(約2000万円の損害賠償)・一部棄却しました。

争点1: 事故の原因が熱中症かインフルエンザ感染等による発熱か、ならびに持久走の計画・監督態勢に過失があったか。

事故当日の気温(約6.4℃~7.4℃)や運動環境からみて熱中症を発症したとは認められず、本件事故はインフルエンザウイルス罹患に伴う急激な発熱(約41.1℃)と高熱による意識障害・異常行動が原因であると認定されました。

これにより、計画策定段階での熱中症対策怠りや監視態勢不備といった過失は否定されました。

争点2:持久走実施後の保護義務・過失・相当因果関係

原告側は、体育教諭Fが昇降口付近でEと会話した時点でEに意識障害が生じていたため、FにはEを一人にせず保健室に連れて行って保護する義務があったと主張しました。

これに対し被告(Y市)は、会話時点でEに意識障害はなく、仮に体調不良であったとしても保健室に付き添わなければ重大な結果が生じることまでは認識できなかったと主張しました。

 

裁判所は、以下の2段階の枠組みで検討を行いました。

  • 客観的事実の検討: 会話時点で、客観的にEに意識障害が生じており、保健室に行く必要のある状態であったか。
  • 注意義務違反の検討: 通常の体育教諭が注意義務を尽くせばその状態を認識でき、一人にせず保健室へ連れて行く判断をすべきであったといえるか。
1. 予見可能性の対象と程度

被告側は「窓からの飛び降り・転落」という具体例を予見することは困難だったと反論しました。しかし裁判所は、「窓から転落する」という具体的事故そのものの予見までは不要であると判示しました。

 

裁判所の判断として、学校教諭が意識障害のある生徒を一人にして監視できない状況に置けば、障害された意識のもとで出歩いて転倒・転落したり、不穏な行動をとって生命・身体に危険が及ぶ事態が生じることは当然想定されます。したがって、「Eに意識障害が生じており、このまま一人にすれば生命・身体に危険が及ぶ可能性がある」という抽象的な危険の認識で予見可能性としては十分であると結論付けられました。

 

2.昇降口付近におけるEの意識障害の認定

 

裁判所は、以下の客観的事実を総合し、昇降口付近で会話した時点でEには既に発熱に伴う意識障害が生じていたと認定しました。

  • 不自然な行動: 雨でぬかるんだグラウンドに仰向けやうつぶせで寝そべり、体操服の前面・背面を泥まみれにしたこと。
  • 不可解なルート: 指示された正門からの最短ルートをとらず、体育館や金工室、駐車場付近へ大きく遠回りをしたこと。
  • 言語・認識の異常: 泥まみれであることを指摘されて「気づいたらこうなった」と答えるなど、自身がなぜ汚れたのかを理解しておらず、独り言や薄笑い、上履きを履かずに4階教室へ向かうなどの異常があったこと。

なお、Fからの問いかけに対して「大丈夫です」「ありがとうございます」と応答していた点について、裁判所は単純で反射的な返答に過ぎず、話しかけられた時だけ我に返ったように受け答えをしたとしても意識障害の存在は否定されないと判断しました。

 

さらに、会話からわずか3分後に教室でみられた顕著な異常言動等からみても、その短時間に急速悪化したとは考えにくく、昇降口の時点で周囲の状況や自身の行動を適切に認識・記憶できない程度の意識障害があったと認めるのが自然であるとされました。

3.体育教諭Fの注意義務違反(過失)

学校の保健管理態勢上、生徒が独力で保健室に行くことが難しい場合は付添人が連れて行くことになっていました。

  • Fの認識: Fは、ゴール直後には汚れていなかったEの体操服が昇降口では前面・背面ともに泥まみれになっており、疲れた様子であったことを直接視認していました。
  • 求められた対応: 泥まみれの衣服という外見は、医学的知識のない者から見ても心身の異常を強く疑わせるものであり、他の生徒たちも異常を察知していました。単に「大丈夫か」と問いかけるだけでなく、なぜ体操服が汚れているのかの理由を尋ねるなどして容態を確認すべきでした。
  • 過失の認定: 自力で判断・移動することが難しい状態にあったEに対し、単に「保健室に行け」と指示し保健室へ連絡を入れただけで、自ら保健室へ連れて行き養護教諭に引き渡さなかった点に注意義務違反(過失)があると認定されました。

4.過失と事故との相当因果関係

裁判所は、体育教諭Fが注意義務を果たしてEを一人にせず保健室まで連れて行き、養護教諭に引き渡していれば、Eが4階教室で一人になり窓の手すりを乗り越えて飛び降りるという異常行動を起こすことはなかったと認めました。

これにより、体育教諭Fの保護義務違反(過失)と、本件転落事故による死亡という結果との間に相当因果関係が認められました。

争点3. 音楽教諭の注意義務について

音楽教諭は他の生徒からの伝聞のみでEの具体的な様子を直接視認しておらず、直ちに保護すべき状態と認識することは困難であったため、注意義務違反は認められませんでした。

争点4. 損害額および損益相殺

スポーツ振興センターからの死亡見舞金(2,800万円)は損害の元本額から控除(損益相殺)すべきとされ、差引額に基づいて認容額が算定されました。