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給与体系の変更について,自由な意思に基づく同意がないとされた裁判例

2026年4月30日

弁護士 松田直弘

給与体系の変更について,原告らが自由な意思に基づき同意したとはいえないとされた裁判例(東京地裁判決令和6年2月19日)を紹介します。

事案の概要

本件は、一般貨物自動車運送事業等を営む被告会社に雇用されていたトラック運転手である原告ら5名が、平成28年10月11日から平成30年10月10日までの期間の給与について、以下の内容を主張して未払残業代および付加金等の支払いを求めた事案です。

  • 旧給与体系における各種手当(時間外職能給、夜勤・長距離手当等)は、残業代の算定基礎となる「基礎賃金」に含まれるべきである。
  • 平成29年に実施された新給与体系(月給制および定額残業代の導入)への変更は認められず、新設された定額残業代を基礎賃金から除外することは許されない,。

被告は、旧体系の諸手当は割増賃金の支払いとして機能していたことや、新体系への変更は従業員の個別同意および就業規則の変更に基づき有効であることなどを主張して争いました。

争点

1.旧給与体系における諸手当の性質:

 時間外職能給、夜勤・長距離手当、特別手当、特務手当が「基礎賃金」に当たるか、それとも「割増賃金(残業代)」の支払いに当たるか。

2.新給与体系への変更の有効性:

    • 旧給与体系から新給与体系への変更について、原告らが「自由な意思」に基づき同意したといえるか。
    • 給与規程の変更(平成29年給与規程)に合理性が認められるか(労働契約法10条)。

2.定額残業代の有効性:

 新体系における定額残業代の支払いが、割増賃金の支払いといえるか。

3.実労働時間の認定:

 デジタルタコグラフのデータ等に基づく休憩時間の算定。

4.未払賃金および付加金の有無と額。

判断

旧給与体系における諸手当の性質:

旧体系の手当は「基礎賃金」:

 夜勤・長距離手当、特別手当、特務手当は、通常の労働の対価としての性質を有しており、割増賃金の支払いとは認められないと判断されました。

また、時間外職能給についても、残業代としての対価性や合意が認められず、基礎賃金に含まれるとされました。

新給与体系への変更の有効性

1.自由な意思に基づく同意の判断基準

 

裁判所は、就業規則に定められた賃金等の労働条件を労働者の同意によって変更する場合、単に「同意の行為(署名押印など)」があったかだけでなく、以下の諸事情を考慮し、「自由な意思に基づいて同意したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか」という観点から厳格に判断すべきであるとしています。

    • 労働者にもたらされる不利益の内容および程度
    • 同意に至った経緯および態様
    • 同意に先立つ労働者への情報提供や説明の内容

2.事実関係:会社側の説明と情報提供の実態

 

被告会社は、平成29年3月に説明会を開催し、新給与体系への変更を提案しました。その際の実態は以下の通りです。

  • 説明の内容: 旧給与体系では残業単価が最低賃金を下回っており法令違反であること、新体系では給与構成をシンプルにしつつ、支給水準は維持または増額される見通しであることなどが説明されました。
  • 不十分な情報提示: 旧体系において、実際には「基礎賃金」に含まれるべきであった「無事故手当」「夜勤・長距離手当」「特務手当」「特別手当」などが、会社側のシミュレーションでは計算から除外されていました。
  • 資料の不備: 何が時間単価の算定基礎に含まれるかの明確な説明はなく、従業員が旧体系における正確な基礎賃金の範囲を把握することは困難な状況でした。
  • 控えの未交付: 平成25年の労働条件通知書の控えも交付されておらず、労働者が自らの正確な労働条件を確認する手段が限られていました。

3.裁判所の評価:不利益の程度と認識の欠如

 

裁判所は、上記の実態を踏まえ、以下のように評価して「自由な意思」を否定しました。

  • 著しい不利益の存在: 旧体系で諸手当を正しく基礎賃金に算入して計算し直すと、新体系への変更により、時間単価は約69%から81%にまで大幅に減額されていました。また、基礎賃金(月額平均)も約3万円から7万円減少していました。
  • 不利益認識の欠如: 自由な意思に基づく同意といえるためには、変更に先立って「時間単価が減少するという不利益が発生する可能性」を認識し得たことが必要です。しかし、会社の説明や資料では、旧体系の基礎賃金の範囲すら正確に把握できず、原告らがこのような著しい不利益を認識した上で同意したとは到底認められないと判断されました。
  • 結論: したがって、署名押印等の行為があったとしても、それが原告らの自由な意思に基づくものであると認めるに足りる客観的合理的な理由は存在せず、同意による労働条件の変更は無効とされました。

就業規則変更の有効性について

裁判所は、労働契約法10条に基づき、「不利益の程度」「変更の必要性」「内容の相当性」「交渉の状況」などの事情を照らし、今回の変更は合理的なものとは認められないと判断しました。

1.事実関係

就業規則変更の合理性を判断する基礎となった主な事実は以下の通りです。

著しい賃金の減額(不利益の程度):

 旧給与体系において「基礎賃金」に含まれるべき諸手当(時間外職能給、夜勤・長距離手当、特務手当、特別手当、無事故手当)を正しく算入して比較すると、新体系への変更により時間単価が約69%から81%の幅で大幅に減少していました。

また、定額残業代を除いた基礎賃金の月額平均も約3万円から7万円減少していました。

 

最低賃金違反の不在(変更の必要性):

 被告会社は「旧体系の残業単価が最低賃金を下回っていたため、是正する必要があった」と変更の必要性を主張していました。

しかし、諸手当を適切に算入して再計算した場合、実際には最低賃金法違反の問題は発生していませんでした

 

不十分な説明(情報提供):

 新体系への変更に関する説明会は実施されたものの、どの手当が基礎賃金に含まれるかといった具体的な算定根拠の説明はなく、従業員が不利益の内容や程度を十分に把握できるだけの情報は提供されていませんでした

2.裁判所による評価

裁判所は、上記の事実に基づき、変更の合理性を以下のように評価しました。

変更の必要性の欠如:

 会社が主張した最大の理由である「最低賃金法違反の是正」という点について、正しく計算すれば違反はなかったため、その意味での変更の必要性は認められないとされました。

 

不利益の重大性:

 時間単価が2割から3割も削減されることは、労働者にとって極めて大きな不利益であり、「著しい不利益」であると評価されました。

 

手続・内容の不相当:

 大幅な不利益を課す変更であるにもかかわらず、その内容を正確に把握させるための情報提供が不十分であり、変更後の内容やプロセスが相当であるとは言い難いとされました。

結論: 

以上の事情を総合的に考慮した結果、分かりやすい給与体系に改善する必要があったことは否定できないものの、それを上回る著しい不利益と説明の不十分さがあることから、平成29年給与規程への変更は合理的なものとは認められないとされました。

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