市立小学校における児童間のいじめにつき,加害児童,保護者,市,校長及び担任教員に対する損害賠償請求の可否及び程度を判断した裁判例
2026年5月18日
弁護士 松田直弘
静岡市立小学校で発生したいじめ問題を巡り、提訴された児童とその親権者、校長、担任、および市について、責任が肯定または否定された裁判例(静岡地裁判決令和5年10月12日、(控訴審)東京高裁判決令和6年7月25日)を紹介します。
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事案の概要
原告(小学校5年生の男子児童)が、同じクラスの児童らから、原告の身体や持ち物に触れた後に「菌」が付いたとして他の児童に擦り付ける「菌まわし」行為や、暴行等のいじめを受けたと主張した事案です。
また、原告は、校長および担任教員からもいじめに関して違法な対応をされ、適応障害を発症したなどと主張し以下の損害賠償を請求しました。
- 被告市:国家賠償法1条1項に基づく責任
- 被告校長・担任教員:監督義務違反および職務上の法的義務違反等(担任については故意による不法行為の主張も含む)
- 被告児童ら:いじめによる不法行為(民法709条)
- 被告親権者ら:児童らに責任能力が認められないことを前提とした監督者責任(民法714条1項)
争点
本件の争点は、次のとおりです。
- 被告児童らによる不法行為の有無および責任能力の有無
- 被告親権者らの監督者責任(民法714条1項)の有無
- 被告市、被告校長、被告担任教員の国家賠償法上の違法性や不法行為責任の有無(控訴審では、校長らの報告義務・調査義務違反等も争点として追加された)
- 原告の損害額と、被告らの行為および原告の身体症状等との因果関係
結論
原告の請求のうち、「菌まわし」を中心的に行った男子児童らの親権者らに対して、損害金88万円(慰謝料80万円、弁護士費用8万円)および遅延損害金の連帯支払いを求める限度で認容し、その余の請求(市、校長、担任教員、他の児童およびその親権者らに対する請求)をいずれも棄却しました。
児童および保護者の責任についての判断
1.児童の責任(すべて否定)
いじめ行為(菌まわしや暴行など)を行ったとされる被告児童らは、当時小学5年生(10〜11歳)でした。
裁判所は、この年齢の未成年者について、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能(責任能力)を有しているとは認められないと判断しました。
そのため、いじめ行為の違法性の有無にかかわらず、児童自身の不法行為責任(民法709条)は全員について否定されました。
2.保護者(親権者)の責任
児童本人に責任能力が認められないため、その親権者が児童を監督する義務を怠らなかったかどうかが問われました(民法714条1項に基づく監督者責任)。
児童の行為の悪質性や関与の度合いによって、以下のように責任が分かれました。
責任が認められた保護者
原告を明確に特定した「X1菌まわし」を中心的・主体的に繰り返し行った男子児童らの保護者については、責任が認められました。
裁判所は、原告の名前を冠して不衛生なものに擬する行為は、他の菌まわし(特定の人物を対象としない遊び)とは異なり、児童間の遊びとして到底容認できず、社会的接触として相当な範囲を逸脱する違法な行為であると認定しました。
親権者らがこの違法な行為について監督義務を怠らなかったと認める証拠はないとして、損害賠償責任を負うと判断されました。
責任が否定された保護者
一方で、以下のような児童の保護者については責任が否定されました。
- 「菌まわし」に受動的に関与したにとどまる児童の保護者:
自ら菌まわしを始めたわけではなく、他の児童から無言でタッチされた際に触れ返すなど、回ってきた「菌」を作業的に回しただけの児童については、仮に違法性があったとしても、損害を生じさせる程度のものではなく、慰謝料が発生するほどの行為ではないと判断されました。そのため、その保護者の責任も否定されました。
- 遊びやコミュニケーションの範囲内とされた行為をした児童の保護者:
挨拶代わりにみぞおちを軽く叩いたり、罰ゲームとして腕をひねったりする行為や、遊びとして行われた「お馬さんごっこ(背中に乗る行為)」などについては、適切とは言えない面もあるものの、児童同士の社会的接触として相当な範囲を逸脱する違法な行為とまでは認められませんでした。行為自体の違法性が否定されたため、これらの児童の保護者の責任も問われませんでした。
担任教員、校長、市の責任についての判断
1.担任教員の責任(否定)
原告は、担任教員が「菌まわし」などのいじめを止めなかったことや、原告に対して故意に不適切な指導(算数の時間での異様な指名や暴言など)を行ったとして責任を追及しましたが、裁判所は以下の理由からこれを否定しました。
- いじめ(菌まわし)の予見可能性の否定: 教員は児童を危険から保護する義務を負いますが、責任が認められるにはいじめの発生について「具体的な予見可能性」が必要です。本件の「菌まわし」は、鬼ごっこやふざけ合いなどの遊びと外形的に区別がつきにくく、無言や小声で行われることもありました。さらに、児童らが担任のいないところを見計らって行うなど巧妙に隠されていた側面もありました。そのため、担任が「菌まわし」を認識できたとは言えず、これを止める法的義務に違反したとは認められませんでした。
- 不適切な指導・暴言の否定: 算数の時間に原告を多く指名したことは、算数が得意であった原告に自信を持たせるための「教育的配慮」の範囲内と判断されました。また、宿泊行事での暴言については、これを裏付ける的確な証拠がないとされました。
- 虚偽報告の否定: 原告は、担任がいじめ対策委員会に虚偽の報告をしたとも主張しましたが、仮に直接事情聴取を行わずに報告したとしても、それ自体が原告の法的利益を侵害するものではないと判断されました。
2.校長の責任(否定)
原告は、校長がいじめや暴力行為を防止・調査する措置を怠ったことや、いじめ対策委員会に虚偽の事実を報告させたなどと主張しましたが、以下の理由から否定されました。
- 暴力行為に対する防止・調査措置の義務違反の否定: 平成29年6月時点での暴力行為については、加害児童の親と原告の親との間で「子ども同士で解決する」との合意があり、担任に対しても学級会で取り上げないよう要望が出されていました。そのため、校長が特別な措置をとる必要性はなかったとされました。また、その他の暴力の訴えについても、いじめ対策委員会が調査していた時点では原告側から具体的な申告がなく、的確な証拠もなかったため、校長が事実確認や改善指導などの措置をとる法的義務を負っていたとは認められませんでした。
- 虚偽報告の否定: 「加害児童らが原告に謝罪した」という報告については、実際に児童らが謝罪の意を述べた事実が認められたため、虚偽の事実を報告・記載させたとは認められませんでした。また、控訴審でも、校長が暴行の事実を調査・報告する義務を怠ったとはいえないと判断されました。
3.市の責任(否定)
市は本件小学校を設置・管理する地方公共団体として、国家賠償法に基づく責任を問われました。 しかし、上記のとおり、公権力の行使に当たる公務員である校長および担任教員のいずれについても、職務上の法的義務違反(違法な対応)が認められなかったため、市に対する損害賠償請求も認められませんでした。