セクハラ行為について会社の安全配慮義務違反が認められた裁判例
2026年5月16日
弁護士 松田直弘
宅配便会社に勤務していた女性従業員が、同僚からのセクシャルハラスメントにより精神障害を負ったとして、会社に損害賠償を求めた訴訟において会社側が加害者の過去の問題行動を把握しながら適切な対策を講じなかった点について安全配慮義務違反を認めた裁判例(名古屋地裁判決令和7年1月22日、(控訴審)名古屋高裁判決令和7年9月10日)を紹介します。
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事案の概要
本件は、宅配便事業を行う被告(被控訴人)の契約社員として配達業務に従事していた原告(控訴人・女性)が、同僚の男性従業員(A)から業務中にセクシュアル・ハラスメント(以下「セクハラ」)を受けたこと、また、上司らからの復職強要等の嫌がらせや、別従業員(D)からのストーカー行為を受けたと主張した事案です。
原告は、これらの行為によって心因性発声障害やPTSD(心的外傷後ストレス障害)等の精神障害を発症したとして、被告会社に対し、不法行為(使用者責任)または債務不履行(安全配慮義務違反)に基づき、約3458万円の損害賠償等を請求しました。
争点
主な争点は以下の点です。
- 被告の使用者責任及び債務不履行責任(安全配慮義務違反)の有無(Aのセクハラ行為、上司らの復職強要等、Dのストーカー行為について)
- 本件セクハラ行為と原告の精神障害(心因性発声障害及びPTSD)との間の因果関係の有無
- 原告の損害額
- 被告の使用者責任に基づく損害賠償請求権の消滅時効の成否
Aのセクハラ行為に対する「使用者責任」について
- 加害者Aは、2018年12月14日の業務中に原告の臀部を指でつつきました。
- その後、2019年1月17日までの間、原告と共に業務に従事していた際、「人目につかないところに行ってイチャイチャしよう」「荷台で暖め合おう」などの性的な発言を繰り返したほか、トラックの荷台に連れて行こうとしたり、胸や臀部などを執拗に触ったりしました。
- 2019年1月19日にも、Aは原告の乗る車両のドアを開け、「いいお尻してるね」などと言って抱きつき、胸を触りました。
これに対する裁判所の判断は次のとおりです。
- 裁判所は、これらのAの行為について、原告の意に反して身体的接触や性的発言を執拗に繰り返した違法なものであり、不法行為を構成すると評価しました。
- また、これらの行為はAと原告の「業務中」に行われたものであるため、「事業の執行についてなされた」と認められ、会社(被告)は使用者責任を負うと判断しました。
Aのセクハラ行為に対する「安全配慮義務違反(債務不履行)」について
- 被告の会社では、新人育成のために先輩従業員が助手席に同乗して指導する「横乗り」という運用があり、男女が車両内で長時間二人きりになる機会がありました。
- 実は、Aは原告が入社する前にも、集荷先の女性店員にセクハラ行為を行って抗議を受けていたほか、社内の複数の女性従業員に対しても日常的に身体的接触を行っており、これらの問題は他の従業員にも知られていました。
- しかし、会社はAに対してセクハラをしてはならない旨の個別的な教育や指導を行っておらず、Aと原告に「横乗り」をさせて二人きりになる機会を作っていました。
- 第一審では、会社がセクハラの事実を具体的に把握した後の「1月19日の行為」についてのみ会社の安全配慮義務違反を認めていました。
- しかし控訴審では、会社はAが社内外の女性にセクハラを繰り返していたことを知っていた(あるいは容易に知り得た)と評価しました。そのため、会社には「Aに対して明確な教育を行い、認識が改善するまでは女性従業員と二人きりになる機会(横乗りなど)を避けるべき注意義務」があったと判断しました。
- 会社がこの義務を怠り、漫然とAに原告との「横乗り」をさせた結果、密室でのセクハラ行為が生じたとして、一連のセクハラ行為全体に対する会社の「安全配慮義務違反」を認めました。会社側はハラスメント防止規程の作成やハンドブックの配布を行っていたと主張しましたが、裁判所は「一般的な取り組みでは足りない(深刻なセクハラが起きるおそれを否定できない状況だった)」として退けました。
上司らによる「復職の強要・嫌がらせ等」について
- 原告は、セクハラ被害による欠勤の後、2019年2月4日に職場復帰しました。
- 復帰後、原告は点呼などの通常業務に従事し、1トン車の運転技能試験に満点で合格したほか、職場の送別会(カラオケ)や同僚との旅行にも参加していました。
- 裁判所は、上記のように原告が復職後に資格を取得して業務に従事し、職場の行事にも参加していた事実から、「原告の意に反して復職を強要されたとは認め難い」と評価しました。
- また、一部の従業員と関係が悪化したことはうかがわれるものの、上司らが違法な嫌がらせ行為に及んだという証拠もないとして、原告の主張を退けました。
同僚Dによる「ストーカー行為」について
- 同僚のDは、原告に対して「一緒に暮らすのはどうかなって考えてました」といった慕情を示すメッセージを送ったり、プレゼントを渡したりしていました。
- しかし、原告とDは原告が入社する前からの親しい関係であり、二人(または他の同僚や子供を交えて)で温泉旅行に行ったり、誕生日を祝ったりする仲でした。
- 原告が会社にストーカー被害を申告し、会社側からDに接触を控えるよう説明した後は、Dは一切の接触を試みていません。また、Dから性的な言動をとられた事実もありませんでした。
- 裁判所は、両者に以前から良好な交流関係があったこと、性的な言動がないこと、注意を受けた後は一切接触していないことなどを総合し、Dの行為は「違法な付きまとい(ストーカー行為)」とは評価できないと判断しました。
- したがって、Dの行為に関する会社の使用者責任や安全配慮義務違反も否定されました。
結論
1.慰謝料等:
控訴審は、密室の車内で1ヶ月以上にわたり継続的にセクハラを受けた精神的苦痛は小さくないとして、慰謝料を150万円と算定しました。これに一時的な症状増悪による通院交通費(108円)を加えた損害額150万0108円から、加害者Aからすでに示談金として支払われていた70万円を控除(てん補)した80万0108円と、弁護士費用8万円を合わせた合計88万0108円を損害として認定しました。
2.因果関係が否定された精神障害を前提とする休業損害や後遺障害に関する損害は、認められませんでした。