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新入社員が精神障害を発症し自殺した事案において、労災が認められた裁判例

2026年5月14日

弁護士 松田直弘

新入社員が精神障害を発症し自殺した事案において、業務起因性が肯定され、労災が認められた裁判例(名古屋地裁判決令和3年10月11日、(控訴審)名古屋高裁判決令和5年4月25日)を紹介します。

動画による解説はこちら

事案の概要

本件は、電力会社の従業員であった労働者(当時、入社1年目)が、過重な業務および上司からのパワーハラスメントによって精神障害(適応障害)を発病して自殺したとして、その母親が労働者災害補償保険法(労災保険法)に基づく遺族補償一時金の支給を請求したところ、労働基準監督署長から不支給処分を受けたため、その処分の取消しを求めた事案です。

争点

本件の争点は、本件自殺における業務起因性の有無です。

具体的には、労働者が担当した複数案件の難易度や業務量、上司の指導等による心理的負荷が、発病に足る過重なもの(質的過重性)であったかどうかが争われました。

結論

第一審(名古屋地裁)は原告の請求を棄却しました。

控訴審(名古屋高裁)は第一審の判決を取り消し、労働基準監督署長がした不支給処分を違法として取り消しました(原告側の逆転勝訴)。

業務起因性の判断

パワハラについて

1.高裁が認定した事実関係

高裁は、次の事実関係を認定しました。

1.日常的な大声での叱責や学歴に対する侮辱

上司(b課長)はマナーや気遣いにも高いレベルを要求する人物であり、本件労働者を注意する際に大声で怒鳴り、「こんなんで大卒か」「学卒も大したことないな」「聞いたことがない大学」などと日常的に発言していました。

 

2.休日出勤時(10月9日)の激しい叱責

担当案件(●●センター案件)の提案書に計算ミスが発覚し、修正のために休日出勤をした際、上司は本件労働者に対し「計算ミスはお前のせいや」「こんな単純なことも分からんのか」「おまえなんか要らん」「自分で全部直せ」「そんなんもできひんのに大卒なのか」などと厳しく叱責しました。

 

3.証言の信用性に基づく事実認定

第一審では、職場の同僚が直接暴言を見聞きしていなかったことを理由にパワハラの事実が否定されていました。しかし高裁は、上司との打合せが基本的に別室で行われていたため、同僚が暴言の場面を見ていなくとも不自然ではないと指摘しました。その上で、本件労働者が嘘や大げさなことを言う性格ではないことや、本件労働者から日常的に相談を受けていた友人の具体的で詳細な証言の信用性が極めて高いことを重視し、上記のような暴言・叱責の事実を認定しました。

 

2. 高裁の評価 

高裁は、認定された上司の発言について、単なる厳しい指導や冗談といったレベルにはとどまらず、業務指導の範囲を逸脱していると判断しました。

そして、これらの言動は本件労働者の人格や人間性を否定するものと評価し得ると厳しく断定しました。

その結果、上司からのしばしば業務指導の範囲を超え人格等も否定するような発言によって本件労働者が受けた心理的負荷の程度は、これ単体で少なくとも「中」に該当すると評価しました。

担当業務の心理的負荷

1.高裁が認定した事実関係

高裁は、本件労働者が直面した困難な状況を以下の通り詳細に認定しました。

1.新入社員には極めて困難な業務内容とスケジュールの遅れ

 本件労働者は、正確な蒸気配管図の作成や、過去に支店で前例のない計算式(対流損失と放射損失)を用いた熱損失計算などを任されていました。これらは建築学を専攻していた本件労働者にとっても容易ではなく、深夜に自宅で図面作成ソフト(CAD)やインターネットを使って独力で作業せざるを得ない状況でした。さらに、主担当を引き継いだ時点で、当初のスケジュールから既に3ヶ月程度遅れており、タイトな進行を強いられていました。

 

2.先輩社員からの指導・支援の欠如(名ばかりのOJT)

 本件労働者は、業務日報(いしずえ)で「問題が沢山あって、手づまりです」「誰に何を話せば次に進めるのかわからず、時間が過ぎている気がします」と再三にわたりSOSを出していました。しかし、指導員からのコメントは「肩の力をもう少しぬいてみたら?」「とりあえず報連想を忘れずに!!」といった抽象的なものにとどまりました。本件労働者が分かっていないのに「分かりました」と言って進もうとする悪循環に陥っていることを先輩らが認識しながらも、問題解決のための積極的な指導や手助けは行われませんでした。

 

3.突然の中間報告での失敗と客先からの厳しい言葉

 客先から急きょ中間報告を求められましたが、本件労働者は資料を完成させることができませんでした。報告書なしで臨んだ打合せでは、客先から「今日は、これだけ?」と指摘され、同行した先輩社員(営業担当)が謝罪する事態となりました。

 

4.上司の矛盾した発言による決定的な混乱

 中間報告の場で、客先がボイラー更新の予算を計上する可能性があることが判明し、本件労働者が目指していた「工場全体の電化提案」は物理的に不可能となりました。今後の進め方が分からず困惑する本件労働者に対し、上司(b課長)は「この案件の第1の趣旨は蒸気の勉強である」と、これまでの目標を根底から覆すような発言をしました。本件労働者は真剣に省エネや電化の提案を目指して試行錯誤していたため、この発言により著しく混乱し、自信を喪失しました。

2.高裁の評価

高裁は、これらの事実を総合し、以下のように評価しました。

  • 入社半年程度の新入社員にとって業務の難易度が高く、かつタイトなスケジュールであったにもかかわらず、手本を示されることも適切な説明や指導を受けることもなく、実質的に放置されていたと指摘しました。
  • 準備不足のまま自らが主となって行わざるを得なかった中間報告での失敗や、客先からの指摘は、追い詰められていた本件労働者に「追い打ちをかけたに等しい」ものであり、心理的負荷を大きく増大させたと評価しました。
  • その直後に、上司からこれまでの認識と合致しない「勉強目的だった」という発言を受けたことで、本件労働者は大きく混乱し、更なる著しい心理的負荷を受けたと認定しました。

高裁は、これらの出来事は相互に密接に関連しており、一体として評価すべきとした上で、新入社員に過酷な状況を強いた●●案件の業務によって本件労働者が受けた心理的負荷の程度は、これ単体で明らかに「強」に該当すると結論付けました。

心理的負荷の総合評価

高裁は、上記の個別評価を独立したものとして切り離すのではなく、総合的に評価しました。

具体的には、上司による日常的なパワーハラスメントによる心理的負荷(「中」)をベース(基盤)として、そこに難易度が高く過酷な状況であった「●●案件」の業務による心理的負荷(「強」)や、「●●センター案件」の業務による心理的負荷(「中」)が加わっていると判断しました。

これらの事情を総合的に考慮した結果、本件労働者が本件会社の業務により受けていた心理的負荷の程度は、全体評価としても明らかに「強」に該当すると結論付けました。

発病と自殺の「業務起因性」の肯定

以上の検討から、高裁は以下のステップで業務起因性を肯定しました。

1.精神障害の発病の業務起因性

業務による心理的負荷が「強」であり、かつ業務以外の要因も認められないことから、本件労働者が発病した適応障害(精神障害)は、業務に起因するものであると認めました。

 

2.自殺の業務起因性(推定の適用)

厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準」によれば、業務により対象となる精神障害を発病した者が自殺を図った場合には、「精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定される」とされています。 高裁は、本件においてこの推定を覆すに足る事情はうかがわれないと判断し、本件自殺についても業務に起因するものと認められると結論付けました。