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業務委託先に従業員による自損事故について、信義則上損害賠償が制限されるとした裁判例

2026年5月21日

弁護士 松田直弘

業務委託先の従業員に自社のトラックを運転させたところ、自損事故を起こし、車両損害や代車費用、逸失利益などの損害賠償を求めたものの、信義則によって制限された裁判例(東京地裁立川支部判決令和5年6月27日、(控訴審)東京高裁判決令和6年5月22日)を紹介します。

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事案の概要

建設業等を営む会社(一審原告)が、業務委託先の会社の従業員(一審被告)に自社所有の車両(トラック)を運転させていたところ、当該従業員が2度の自損事故(第1事故、第2事故)を起こし、車両を損傷させました。これに対し会社が従業員へ、不法行為(民法709条)に基づき、車両損害や代車費用、逸失利益など合計約407万円の損害賠償等を求めた事案です。

争点

控訴審における主な争点は以下の3点です。

1.一審被告の免責又は賠償責任の制限の可否

使用者の被用者に対する損害賠償請求において、信義則上請求が制限されるか

2.賠償金の実質的な回収の有無

一審原告が業務委託先への業務委託料の一部を支払わなかったことが、損害賠償額の回収にあたるか

3.一審原告の損害額

代車費用や逸失利益などが損害として認められるか

賠償責任の制限(信義則上の制限)

使用者が、その事業の執行について被用者(従業員)の加害行為により直接損害を被った場合、使用者が被用者に対して請求できる損害賠償の範囲は、損害の公平な分担という見地から、信義則上相当と認められる限度に制限されます。

具体的には、事業の性格や規模、施設の状況、被用者の業務内容や労働条件、加害行為の態様、さらには「損害の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度(保険加入によるリスク分散など)」といった諸般の事情を総合的に考慮して賠償額が制限されます(最高裁判決昭和5178日)。

本件において、第1事故当時、運転していた一審被告は一審原告(会社)の直接の従業員ではなく、業務委託先企業の従業員でした。

しかし、それでも、一審原告の従業員から直接具体的な指示を受けており、一審原告の車両や工具などを使用していた実態があったため、裁判所は直接の雇用関係がある場合と同様にこの法理が妥当すると判断しました。

信義則上の制限が認められるに至った事実関係

1.使用者の事業規模とリスク分散の不備(一審原告側の事情)

 一審原告は年間売上高約2億1000万円の規模で、11台のトラックを含む14台の車両を保有して複数の現場を回していました。日常的に1台のトラックで複数の現場をカバーしており、車両事故等による支障が生じた場合には代車が必要になる可能性が十分にあったにもかかわらず、代車補償の対象外となる車両保険にしか加入しておらず、また各20万円の免責金額(自己負担額)を設定するなど、損失の分散(保険によるカバー)に対する使用者の配慮が不十分でした。

2.被用者の労働条件と保険加入の困難性(一審被告側の事情) 

一審被告は現場作業員として、一審原告の従業員から直接指示を受けて解体作業や廃材運搬に従事していました。当時の給与収入は手取りで約23万円〜25万円程度にとどまっており、使用者側と異なり、一審被告個人が業務中の車両事故による高額な損害をカバーするような保険に容易に加入できたとは認め難い状況でした。

3.加害行為(事故)の態様と過失の程度

 2回の事故はいずれもガードレールへの衝突や横転といった比較的単純な自損事故であり、一審被告に酒気帯び運転や大幅な速度超過といった著しい過失(重過失)は認められませんでした。 また、第2事故において一審被告は自身の免許条件(5トン未満限定)に違反する車両を運転していましたが、これが事故発生と直接の因果関係を有するとまでは認められませんでした。さらに、一審原告の代表者自身はこの免許条件違反を知っていたにもかかわらず、現場の従業員がそれを知らないまま一審被告に対して運転を指示していたという使用者側の管理上の過失も考慮されました。

これらの事実関係から、裁判所は、一審原告の損害について一審被告に全額負担させることは損害の公平な分担という見地に反するとし、一審原告が一審被告に対して賠償を請求できる範囲を全損害額の10%を限度とするのが相当であると判断しました。

損害額

逸失利益や裏付けの乏しい代車費用は否定され、客観的に認められる修理費用、レッカー費用、第2事故での代車費用(一部)のみを損害として認め、その合計額を3462582円と認定しました。 上記の判断と照らし合わせ、一審被告に対して損害賠償を請求できる範囲は、その10%にあたる346258に限られるとされました。

賠償金の実質的な回収の有無について

一審原告は、業務委託先に対して業務委託料のうち40万円を支払っていませんでした。

業務委託先も本件事故につき一審原告に対し使用者責任等の損害賠償責任を負い、一審被告の債務と不真正連帯債務の関係に立つところ、この40万円の未払いによって、一審原告は実質的に業務委託先から損害賠償債務の弁済を受けたのと同等の効果を得た(相殺ないし黙示の相殺合意があった)と判断されました。

これにより、一審原告が請求できる額(34万6258円)は、実質的に回収された額(40万円)の限度ですでに全額消滅しているため、一審原告の請求は理由がないとして棄却されました。