定期建物賃貸借契約締結時の事前説明を怠った仲介業者の責任
2026年9月7日
弁護士 松田直弘
定期建物賃貸借契約を締結する際に必要とされている借地借家法38条3項所定の事前説明を怠った仲介業者に対する賃貸人からの損害賠償請求が認められた事例(東京地裁令和6年1月29日判決)を紹介します。
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事案の概要
本件は、ビルの1室の所有者である原告(建造物の管理等を目的とする株式会社)が、宅地建物取引業者である被告(不動産の仲介等を目的とする株式会社)に対し、借地借家法38条1項所定の「定期建物賃貸借」として賃貸する媒介を依頼した事例です。
しかし、被告は賃借人(A社)に同条3項所定の書面交付および更新がない旨の説明(事前説明)をせず、原告に対しても事前説明の義務があることを説明しませんでした。
その結果、期間満了での退去を求める原告と、法定更新を主張する賃借人との間で建物明渡請求等の訴訟(別件訴訟)に発展しました。
原告は別件訴訟の控訴審において、賃借人に対して合計850万円の解決金を支払うことなどを内容とする和解(賃貸借契約の合意解除および明渡し)を余儀なくされました。
原告は被告に対し、媒介契約に基づく善管注意義務及び業務上の一般的注意義務違反(債務不履行)を理由に、1,622万1,316円の損害賠償を求めて提訴しました。
争点
本件の主な争点は、以下の2点に整理されます。
1.被告の債務不履行(注意義務違反)の有無:
原告と被告との間の媒介契約の成否、および媒介業者として、賃借人への事前説明の実施、または原告への事前説明義務の不履行による注意義務違反があるか。
2.原告の損害の有無および額:
別件訴訟の和解金、本来得られたはずの賃料との差額、支払った仲介手数料、原状回復費用、別件訴訟費用等のうち、被告の債務不履行と相当因果関係のある損害はどれか。
結論
裁判所は原告の請求を一部認容し、被告に対し、776万7,400円の支払いを命じました。
争点1:債務不履行(注意義務違反)の有無について(認容)
1.黙示の媒介契約の成立:
原告と被告との間で書面の媒介契約は交わされていませんでしたが、原告代表者がビルの賃貸業を全面的に被告代表者に任せていたこと、定期建物賃貸借の手続一切を依頼していたこと、取引後に仲介手数料等を支払っていること、契約書に被告が「立会人」として記名押印し、宅建業法35条所定の重要事項説明を実施していること等の事情を総合考慮し、黙示の媒介契約の成立が認められました。
2.注意義務違反の認定:
プロの不動産媒介業者として、委託者が定期建物賃貸借を意図している場合には、その実現に必要な手続(事前説明)が確実に履行されているかにつき格段の注意を払い、不測の損害を生じさせないよう配慮すべき「善管注意義務」および「業務上の一般的注意義務」を負います。
被告が、自ら委任状を得て賃借人に事前説明をすることも、原告に事前説明の手続が必要であることを伝えることも怠ったことは、これらの注意義務に違反する(債務不履行にあたる)と判断されました。
争点2:損害の有無および額について(一部認容)
1.損害として認められたもの:
被告が注意義務を尽くして定期建物賃貸借契約が有効に成立していれば、契約は期間満了により終了していました。
よって、建物の明渡しを受けるために原告が余儀なく支払った解決金850万円から、約定償却後の保証金残金73万2,600円(100万円から賃料2ヶ月分を控除した額)を差し引いた776万7,400円について、被告の債務不履行と相当因果関係のある損害と認められました。
2.損害として認められなかったもの
以下の項目は、相当因果関係がない、または証拠がないとして損害から除外されました
- 原状回復費用相当額:実際の支出を証明する十分な証拠がない。
- 賃料の差額:賃料は需要等で変わり得るものであり、契約が無効でなければ直ちに他のテナントと同等の賃料で成約できたとは認められない。
- 仲介手数料:契約の締結自体は完了している。
- 別件訴訟の費用:紛争解決のために訴訟提起が必須であったとはいえない。