パワハラと長時間労働による精神疾患と自死の労災を認めた裁判例
2026年5月4日
弁護士 松田直弘
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事案の概要
本件は、住宅販売会社に正社員として入社した亡A(当時24歳)が、業務上の事由により精神障害を発病し、それに起因して自死したとして、その遺族(父親)が労災保険法に基づく遺族補償給付等の支給を求めた事案です。
熊本労働基準監督署長がこれらを不支給とする処分を行ったため、原告がその処分の取消しを求めて提訴しました。
亡Aは平成27年4月に入社し、同年11月頃に精神障害を発病、その後自死に至っています。
争点
本件の主な争点は、亡Aの精神障害の発病および自死に係る業務起因性の有無です。具体的には以下の点が争われました。
- 精神障害の疾患名および発病時期
- 時間外労働時間数の算定
- 長時間労働以外の心理的負荷(指導担当者によるパワーハラスメント等)の有無と程度
- 業務以外の心理的負荷(失恋等)および個体側要因(既往症等)の影響
- 上記を踏まえた業務起因性の総合評価
結論
裁判所は、亡Aの精神障害の発病および自死には業務起因性が認められると判断し、熊本労働基準監督署長による不支給処分をいずれも取り消しました。
精神障害の疾患名および発病時期
発病時期と評価期間の修正
亡Aは平成27年11月17日頃に「他のうつ病エピソード」を発病したと認定されました。
通常、発病前6か月が評価対象となりますが、本判決では発病後から自死までの間に症状が自然経過を超えて著しく悪化したと認め、自死に近接した時期から遡っておおむね6か月間を心理的負荷の評価期間としました。
長時間労働についての事実認定と評価
1.長時間労働の事実認定(労働時間の算定)
裁判所は、労働時間の算定にあたり、行政側(処分行政庁)が推計した始業・終業時刻の正確性を一定程度認めつつも、休憩時間の取り扱いについて重要な修正を行いました。
1.休憩時間の短縮認定
会社側は、休憩時間を「昼休憩1時間」と「裁量休憩1時間」の計2時間として計算していました。
しかし、裁判所は、亡Aが指導を受ける立場の新人営業職であったことに着目し、「先輩職員との外勤中や、目の届く座席での内勤中に、自らの裁量で休憩を取ることには心理的抵抗感があった」と指摘しました。
結果として、裁量休憩の取得は困難であったと判断し、休憩時間を「1日1時間の昼休憩のみ」と認定して労働時間を再計算しました。
2.認定された時間外労働時間数
休憩時間を修正した結果、精神障害の悪化前(自死前)の時間外労働は以下の通り認定されました。
- 直近1か月:約92時間(91時間55分)
- 直近2か月:約105時間(104時間38分)
- 直近4か月:約94時間(93時間54分)
2.心理的負荷の評価
裁判所は、上記の時間外労働時間数を厚生労働省の「認定基準」に当てはめて評価しました。
1.「中」から「強」に近い評価
認定基準の「1か月に80時間以上の時間外労働」に該当するため、心理的負荷は少なくとも「中」と判断されました。
さらに、直近2か月のうち1か月は100時間を超え、他の月も90時間を超える高い水準であったことから、認定基準で「強」とされる「連続した3か月間に1か月平均100時間以上」に準ずるものとして、「強」と評価する余地もあると言及しました。
2.評価期間の特例的扱い
本判決の特徴は、心理的負荷の評価期間を「発病前6か月」に限定せず、「自死に近接した時期(症状の著しい悪化時)から遡った6か月間」とした点にあります。
これにより、発病後から自死直前までの最も業務が過酷であった時期の労働時間を正当に評価に組み込みました。
指導担当者の言動についての事実認定と評価
1.指導担当者の言動に関する事実認定
裁判所は、B主任による指導の実態として以下の事実を認めました。
1.営業活動日報による心理的プレッシャー
B主任は、新入社員であった亡Aに対し、日報を通じて「1日60件以上の電話営業」を求めたり、件数が少ないことを否定的に指摘したりしていました。また、誤字脱字を執拗に指摘し、「誰のために(日報を)書いているのか」「真剣にしないと打合せ記録もお客様に出せない」といった否定的なコメントを継続的に記入していました。
2.不適切な呼称と叱責の態様
亡Aを「お前」や呼び捨てで呼び、「気合が足りない」「もっと明るくなれ」といった精神論的な指導を行っていました。また、他の同僚がいる前で叱責することもあったと認定されました。
3.不適切な指導・指示の個別事案
- 念書の署名要求: 亡Aが暴力団関係者ではないかと疑った顧客への対応について、その責任を亡Aが全責任を負う旨の念書に署名させようとしました(亡Aは拒否)。
- 理不尽な叱責: 自死の直前、統括から許可を得ていた遅刻(遅参)に対し、B主任はその事実を確認せず、一方的に不当な遅刻であると決めつけて叱責しました。
2.裁判所による評価
裁判所は、上記の事実に基づき、B主任の言動を以下のように評価しました。
1.「不相当かつ適切性を欠く」指導
B主任の指導は、新人営業職であった亡Aを萎縮させ、自尊心を損なわせて無抵抗な状態に追い込むものであり、自死という結果につながりかねない「不相当かつ適切性を欠くもの」であったと断じました。
特に、許可を得た遅刻に対する叱責については「理不尽」であると指摘しています。
2.パワーハラスメントとしての心理的負荷:「中」
原告(遺族)は、これらの行為が認定基準の「強」に該当するパワーハラスメントであると主張しましたが、裁判所は心理的負荷を「中」と評価しました。 その理由は以下の通りです。
- B主任には、亡Aを成長させようと緻密な指導を試みていた側面も認められ、「指導放棄」があったとまではいえないこと。
- 人格否定や嫌がらせ、過大な要求(炎天下の調査など)についても、客観的な証拠に照らし、社会通念を逸脱したとまでは認められない部分があったこと。
まとめ
総合評価と業務起因性の認定
長時間労働による負荷と、指導担当者の言動による負荷が時間的に近接し、相互に関連していることから、全体として心理的負荷は「強」に該当すると判断しました。
失恋や既往症といった業務外の要因が自死の主因とは認められないため、業務と自死との間の相当因果関係(業務起因性)を認めました。