配信動画の削除申請が,不正競争防止法上の「営業上の利益」を侵害するものとはいえないと判断された事例
2026年7月13日
弁護士 松田直弘
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事案の概要
- 原告(動画配信者、控訴審では被控訴人)が、YouTubeやツイキャス等のプラットフォームにおいて、将棋の対局の指し手情報(棋譜情報)をリアルタイムに盤面に再現する「評価値放送」の動画を配信していました。
- これに対し、被告(将棋の対局の有料動画配信等を行う会社、控訴審では控訴人)が著作権侵害を理由にプラットフォームへ動画の削除申請を行いました。
- これを受けて原告は、被告の削除申請は不正競争防止法上の「虚偽の事実の告知」に当たるとして、被告に対して告知行為の差止め、プラットフォームへの信用回復措置の通知、および損害賠償を求めて提訴した
事案です。
争点
両審級を通じて、主に以下の点が争われました。
- 被告による本件削除申請は「虚偽の事実の告知」に当たるか(第一審での主な争点)。
- 被告による本件削除申請は、原告の「営業上の利益」を侵害するか。特に、原告の動画配信行為自体が他者の営業活動を妨害する不法行為に該当し、そもそも法的に保護される利益と言えないのではないかが問われました。
- 損害の発生およびその額。
- 差止めおよび信用回復措置の必要性。
結論
1.第一審(大阪地裁):
原告の請求を一部認容し、被告に対し、告知行為の差止め、ツイキャスに対する信用回復措置、および約118万円の損害賠償の支払いを命じました。
2.控訴審(大阪高裁)の結論:
第一審判決を取り消し、原告の請求をすべて棄却(原告の逆転敗訴)としました。
被告の著作権について
被告が「原告の配信動画は自社(被告)の著作権を侵害している」としてプラットフォームに削除申請を行ったため、原告が「著作権侵害の事実はないのに削除申請された(虚偽の事実の告知である)」として提訴したという構図になっています。
1.一審(大阪地裁)の判断
第一審では、原告の動画は被告の著作権を侵害するものではないと判断されました。この点については、裁判の過程で被告自身も争っていませんでした。 裁判所は、原告が動画内で利用した将棋の指し手などの情報(棋譜等)について、「有償で配信されたものとはいえ、公表された客観的事実であり、原則として自由利用の範疇に属する情報である」と認定し、著作権侵害を否定しています。
2.二審(大阪高裁)の判断
第二審においても、被告(控訴人)は「将棋の指し手情報(棋譜)そのものが著作物である」とは主張しておらず、著作権侵害を理由とした削除申請が客観的には「虚偽の事実の告知」に該当すること自体は争いませんでした。
第二審は著作権(および削除申請の妥当性)に関しては以下のように言及しています。
- 棋譜が著作物ではないとする確定判例は未だなく、著作物であるとする学説も存在するため、削除申請をした当時に被告が「著作権侵害には該当しない」と明確に認識していたとは断定できない。
- 結果的に「著作権侵害」を削除理由としたことが誤りであったとしても、原告の行為が不法行為である以上、プラットフォームの規約(第三者に損害を及ぼす等の規約違反)に照らしても削除対象になり得る。
- したがって、不法行為者である原告との関係においては、被告による著作権侵害を理由とした削除申請が不当であったとはいえない。
原告の「営業上の利益」が侵害されたといえるのか
1.「営業上の利益」の侵害が問題となる理由
不正競争防止法や不法行為に基づく損害賠償・差止めを裁判所に認めてもらうためには、大前提として、侵害されたとする原告の利益が「法律上保護されるべき正当な利益」でなければなりません。
もし被告の主張通り、原告の動画配信行為そのものが他者の営業を妨害する不法行為(違法行為)であるならば、その違法な配信から得ていた利益は「法律上保護される利益」には当たりません。
保護される利益が存在しないのであれば、当然「被告の削除申請によって原告の営業上の利益が侵害された」と主張することもできなくなります。
2.一審(大阪地裁)では原告の動画配信が不法行為ではないと判断された
1.棋譜情報の性質
原告が動画内で利用した対局者の指し手や挙動(考慮中かどうかなど)といった情報は、たとえ有償で配信されたものから得た情報であっても、「公表された客観的事実であり、原則として自由利用の範疇に属する情報」であると解釈されたためです。
2.ガイドラインの法的拘束力の否定
主催者は「王将戦における棋譜利用ガイドライン」において棋譜の利用権を独占的に有すると規定していましたが、これは主催者が一方的に定めたものにすぎず、原告に対して法的拘束力を生じさせるものではないと判断されました。
3.著作権侵害等の不存在
原告の動画自体は被告の著作権を侵害するものではなく、その他にも原告が棋譜情報を利用したこと自体が不法行為を構成すると認めるに足りる事情はないと結論付けられました。
3.控訴審(大阪高裁)では原告の動画配信が不法行為だと判断された
1. 将棋界のビジネスモデルの阻害
将棋のタイトル戦等は、主催者(日本将棋連盟など)や放送事業者が対局料や賞金、運営費などの多額のコストを負担して開催されています。将棋はスポーツのように大きな会場で入場料を徴収することが難しいため、リアルタイムの棋譜情報を有償で配信する(または配信権を許諾して対価を得る)というビジネスモデルによって開催費用を賄っています。
2. タダ乗り(フリーライド)による直接的な損害
原告は、自らは一視聴者としての費用しか負担せず、被告が有償で配信しているリアルタイムの棋譜情報をほぼ同時に無料で動画配信していました。この行為により、お金を払ってまで公式の配信を見ようとするファンを減少させ、被告の売上を低下させる直接的な損害を与えたと認定されました。裁判所は、このような行為が横行すれば、主催者のビジネスモデルが成り立たなくなり、現状の規模で棋戦を存続させることが危うくなると指摘しています。
3. 意図的・悪意のある利益侵害
原告は有料配信の仕組みを理解した上で配信を行っており、自分の無料配信が公式の有料配信の視聴者を奪い、被告に損害を与えることを認識していたと判断されました。さらに、原告は主催者のビジネスモデルを批判し、「崩壊してもやむを得ない」といった主張までしていたことから、被告や主催者を害する目的があったことさえうかがえるとされています。
4. 公正な自由競争からの明らかな逸脱
他の多くの動画配信者は、主催者が定めた「棋譜利用ガイドライン」等のルールに従い、利用料を支払うなどして競争を行っています。原告はそうしたルールに従わず、他の配信者がルールを守ることで維持されている「リアルタイムの棋譜情報の価値」にタダ乗りして視聴者を集め、収益を上げていました。
これらの事情を総合し、控訴審は、原告の行為は社会通念上許される自由競争の範囲を逸脱しており、被告の営業上の利益を不当に侵害する「不法行為」を構成すると結論付けました。
結論
不法行為によって得られる利益は「法律上保護される利益」に該当しないため、原告には不正競争防止法によって保護されるべき営業上の利益が存在しないとして、原告の請求をすべて棄却しました。