職種限定合意に反する配転命令の違法性と損害賠償についての裁判例
2026年3月17日
弁護士 松田直弘
黙示の職種限定合意が認められ、それに反した配転命令について損害賠償が認められた裁判例(最高裁判所令和6年4月26日判決、(差戻審)大阪高等裁判所令和7年1月23日判決)を紹介します。
事案の概要
本件は、社会福祉法人である被告(Y)に雇用され、福祉用具センターで主任技師として約18年間にわたり福祉用具の改造・製作に従事してきた原告(X)が、以下の点を不服として損害賠償や未払賃金の支払いを求めた事案です。
1.2009年の訓戒処分と精神疾患:
Xが福祉用具の安全性に問題があると主張して製作を拒否した際、Yが製作命令や訓戒処分を行い、それによりXが精神疾患を発症して休職したとする安全配慮義務違反。
2.2019年の配転命令:
YがXに対し、本人の同意なく技術職から総務課(施設管理担当)への配転を命じたこと(本件配転命令)。
3.人事評価と賃金の不利益変更:
新たな人事評価制度でXを最低ランク(D)とし、基本給を月額3000円減額したこと(本件不利益変更)。
4.精神疾患の再発:
上記の配転やハラスメント相談への不誠実な対応により、精神疾患が再発したとする安全配慮義務違反。
この中から、2019年の配転命令の適法性について取り上げます。
配転命令の適法性に関する一般的な判断基準
労働者に対する配転命令が適法かどうかの判断には、大きく分けて2つの枠組みがあります。
職種限定合意がある場合:
労働者と使用者の間に、職種や業務内容を特定のものに限定する合意がある場合、使用者は労働者の同意なしに、その合意に反する配転を命じる権限をそもそも有しないと解されます。
職種限定合意がない(または不明確な)場合:
使用者には広い配転命令権が認められますが、その行使が権利濫用にあたる場合は違法となります。具体的には、以下のいずれかに該当する場合に権利濫用と判断されます。
- 業務上の必要性がない場合。
- 不当な目的(報復や嫌がらせ等)で行われた場合。
- 労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を与える場合。
本件では、職種限定合意の有無について、書面による明示的な合意はありませんでした。
その一方で、書面による明示的な合意がなくても、諸般の事情から黙示的に職種限定合意があったと判断される余地があります。
具体的には次のような事情の有無から、黙示の職種限定合意があったといえるか、が判断される事になります。
1.採用時の経緯と目的
- 専門的な技能や資格の重視: 特定の技能(例:溶接ができること)や資格(例:一級技能士、職業訓練指導員など)を見込まれて採用されたかどうかが重要です。
- 特定の職種としての勧誘: 会社側から「特定の業務ができる技術者」を募集しているとして、具体的な職種を提示されて勤務の勧誘を受けた経緯がある場合、合意を裏付ける強い要素となります。
2.勤務実態の継続性と専門性
- 長期間にわたる同一業務の継続: 採用以来、長期間(本件では18年間)にわたって一貫して特定の専門的職種に従事し続けている実態があること。
- 代替困難な専門性: その事業場において、その職種に従事する唯一の技術者であるなど、他の職種とは明確に区分された専門職として扱われていたこと。
3.組織上の位置付けと期待
- 職種別の定員や配置要件: 指定管理者としての基本協定などで「技術者を必ず配置すること」が求められているなど、組織としてその職種を置くことが外部的に義務付けられている状況。
- 使用者側の当初の想定: 採用から長年にわたり、使用者側もその労働者を「当該職種以外の職種に就かせることを想定していなかった」といえる状況があること。
4.労働者の意思表示
- 職種継続の希望: 面談などを通じて、一貫してその職種を続けたいという意向を明確に示しており、使用者側もそれを認識できる状態にあったこと。
これらの条件を満たし職種限定合意があると認められる場合、使用者は労働者の個別的同意なしに、その合意に反する配置転換(職種変更)を命じる権限をそもそも有しないと判断されます。
したがって、業務上の必要性があったとしても、労働者の同意を得ずに強行された配転命令は、権限に基づかないものとして違法(無効)となります。
不法行為の成立
しかし,権限がない場合に、配転命令をしたとしても、それによってすぐに損害賠償義務が発生するわけではありません。違法な配転命令をしたことに故意、又は過失があること、これにより損害が発生していることが必要となります。
本件では、慰謝料請求が認められています。
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