YouTube動画削除を巡る人格的利益と虚偽告知の裁判例
2026年4月4日
弁護士 松田直弘
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事案の概要
原告は、将棋のAI解説動画などを投稿するYouTuberであり、被告は囲碁・将棋コンテンツを配信する株式会社です。
被告が、原告の投稿した5本の動画について、被告の著作権を侵害している旨の申告(本件著作権侵害申告)をYouTubeに対して行ったことにより、これらの動画が削除されました。
原告は、この申告が不正競争防止法2条1項21号の「虚偽告知行為」にあたるとともに、原告の人格的利益を侵害するものであると主張しました。
原告は、同法および不法行為(民法709条)に基づき、経済的損害(逸失利益)と精神的損害(慰謝料)等の賠償を求めて提訴しました。
争点
1.「法律上保護された利益」該当性(人格的利益の侵害の有無):
YouTube動画を通じて思想や意見を公衆に伝達する利益が、慰謝料請求の根拠となる人格的利益として認められるか。
2.損害額の算定:
動画の削除によって失われた広告収入(逸失利益)の具体的な額、および精神的苦痛に対する慰謝料の成否。
3.差止請求の可否(控訴審での追加争点):
今後、被告がYouTubeに対して同様の著作権侵害申告を行うことを差し止められるか。
結論
第一審および控訴審ともに、原告の請求を一部(広告収入の逸失利益と弁護士費用相当額)のみ認め、人格的利益の侵害に基づく慰謝料等の請求は棄却されました。
認容額:
合計1万8111円(逸失利益1万6511円+弁護士費用1600円)および遅延損害金。
前提
- 不正競争防止法上の「虚偽事実告知」に該当する事のみを根拠とする損害賠償請求では逸失利益を請求する事はできるが、慰謝料の請求は認められない。
- 慰謝料の請求が認められるためには、人格的利益が侵害されていると認められる必要があった。
人格的利益の侵害の有無
1.原告の主張
原告は、YouTube動画の削除が単なる経済的損失にとどまらず、「表現の自由」や「思想・意見を公衆に伝達する利益」を侵害する人格的利益の侵害であると主張しました。
- 伝達の利益の法的保護:最高裁平成17年判決(公立図書館の蔵書廃棄事件)を引き合いに出し、「著作者が著作物によってその思想、意見等を公衆に伝達する利益」は人格的利益として法的保護に値すると主張しました。
- YouTube投稿の自由:大阪高裁令和4年判決を引用し、YouTubeへの動画投稿は簡易な手段で広く世界中に自己の表現を伝えることを可能にするため、投稿する自由は「表現の自由という人格的利益」に関わると述べました。
- 精神的苦痛と萎縮効果:虚偽の著作権侵害申告を繰り返されることにより、アカウント消去の制裁を受ける不安や、精神的に追い詰められたことによる萎縮効果が生じたとして、慰謝料の根拠となる人格的利益が侵害されたと強調しました。
- 公衆送信の法益:憲法21条(表現の自由)や著作権法、電気通信事業法の趣旨に照らし、インターネットを通じた市民の情報発信は、法律上保護されるべき重要性の高い法益であると主張しました。
2.裁判所の判断
第一審(東京地裁)および控訴審(知財高裁)ともに、YouTubeにおける動画投稿の利益を直ちに人格的利益として認めることはできないと判断しました。
① 請求の特定および人格的利益の意義について
- 裁判所は、人格的利益とは生命、身体、名誉、プライバシー、肖像権などの各種の権利利益を総称するものであると説明しました。
- 原告が単に「総称としての人格的利益」をいうにとどまり、具体的にどの被侵害利益に基づく請求なのかを特定しなかったため、請求の特定を欠くものとして失当であると指摘しました。
② 過去の判例(平成17年判決)の射程について
- 原告が拠り所とした最高裁平成17年判決は、公務員が基本的な義務に違反して不公平な取り扱いをした「公立図書館」という公的な場に関するものです。
- YouTubeは私企業であるグーグルが運営するサービスであり、私企業における動画投稿については、平成17年判決の射程(法的な適用範囲)外であると判断されました。
③ YouTubeの性質と利用者の同意について
- YouTubeは私企業によるサービスであり、利用者はグーグルが定めた規約やポリシー(著作権侵害申告制度を含む)を承諾して利用しています。
- 著作権侵害がないのに申告がなされて配信が停止された場合でも、その制度の範囲内での行動である限り、広告収入等の経済的損害(不正競争防止法による保護)を超えて、人格的利益までが侵害されたとは認められないとされました。
まとめ
裁判所は、表現の自由が重要な基本的人権であることを認めつつも、私企業のプラットフォームを利用する以上、そのシステム上の不備(過失による誤申告)による不利益は経済的賠償で解決すべき問題であり、「精神的価値の侵害」としての慰謝料を認めるほどの人格的利益の侵害には当たらないと判断したといえます。
例外的に不法行為の成立が認められる可能性
裁判所は、YouTubeのような私企業のプラットフォームを利用する際の動画削除について、原則として人格的利益の侵害を認めませんが、「例外的に不法行為の成立が認められる場合」として以下の2つの具体的なケースを挙げています。
1.意図的な妨害行為:
著作権侵害がないことを認識していながら、特定の動画投稿者の活動を妨げる目的で、多数回にわたって執拗に著作権侵害申告を行う場合です。
2.著しい精神的苦痛を与える悪質な行為:
たとえ著作権侵害がないと明確に認識していなくても、申告の目的や態様が著作権保護という本来の目的を明らかに逸脱しており、投稿者に著しい精神的苦痛を与えるような場合です。
なお、本件では、このような例外的な場合には、該当しないと判断されています。