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リモートワークにおいて出社命令の有効性、労働時間の認定が問題となった裁判例の紹介

2026年6月1日

弁護士 松田直弘

リモートワークにおいて出社命令の有効性、労働時間の認定が問題となった裁判例(東京地裁判決令和4年11月16日判決)を紹介します。

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事案の概要

  1. 本件は、ITソフト開発会社等である被告にデザイナーとして雇用され、主としてリモートワーク(在宅勤務)で業務を行っていた原告(従業員)と、被告(使用者)との間の労働紛争です。
  2. 原告が社内チャット(Slack)で他の従業員と被告代表者を揶揄するようなやり取りをしていたことを発端に、被告代表者が原告に対して懲戒処分(出勤停止)を通知し、リモートワークを禁止して本社への出社命令を行いました。
  3. 原告がこれに応じず出社しなかったところ、被告は原告を欠勤扱いとし、後に退職扱いとしました。
  4. これに対して、原告は違法な出社命令等によって労務を提供できなかったとして、民法536条2項に基づく未払賃金の支払いや、所定労働時間外労働に対する割増賃金、不法行為に基づく損害賠償等を求めて提訴しました(本訴)。
  5. 一方、被告は、原告の報告していた勤務時間に虚偽がある(就労していなかった)と主張し、不就労時間分の賃金の返還を求めて反訴を提起しました。

争点

本件の主な争点は以下の通りです。

1.労務提供の不履行と帰責事由:

 原告が出社命令以降に労務を提供しなかったことが、被告の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものか(懲戒処分、出社命令、および退職扱いの有効性)。

2.労働時間の認定(本訴・反訴共通):

 原告の実際の労働時間(割増賃金請求の根拠)、および不就労時間の有無(被告からの賃金返還請求の根拠)。

3.その他:

 原告に対する降給処分の有効性や、被告の一連の行為による不法行為(損害賠償)の成否。

出社命令の有効性について

1. 労働契約における就業場所の解釈

 雇用契約書には就業場所が「本社事務所」と記載されていました。しかし、採用面接時にリモートワークが基本であると伝えられていたことや、原告が初日以外は一度しか出社しておらず自宅で業務を行っていたという勤務実態から、裁判所は「原則として原告の自宅が就業場所であり、被告(会社)は業務上の必要がある場合に限って出社を求めることができる」と解釈しました。

 

2. 不適切なチャットによる業務への支障の否定

 会社側は、原告が社内チャットで業務に関係のないやり取りを長時間行っており、管理監督の観点から出社を求めたと主張しました。これに対し裁判所は、チャットの中に会社代表者を揶揄する内容が含まれており代表者が不快に感じた点は理解できるとしつつも、長時間のやり取りであったとは証拠上認められず、業務に支障が生じたとは認められないため、出社を命じる業務上の必要性は生じていないと判断しました。

 

3. PC操作ログと実労働時間の差異の否定

 会社側は、PC監視ツールの操作ログがない時間があり、申告時間と実労働時間に差異があるため確認が必要だったとも主張しました。しかし裁判所は、原告の職種がデザイナーであり手書きでの作業などPCを操作しない時間もあることから、監視ツールのログだけでは申告時間と実労働時間に明らかな差異があったとは認められないとし、この点からも出社を命じる業務上の必要性を否定しました。

 

4. 出社命令に至った経緯 

さらに裁判所は、チャットのやり取りの当否をめぐって代表者と原告がメールでお互いを非難し合う中で、原告に反省がないことを理由に本件出社命令が発せられたという経緯も考慮に入れました。

これらの事情を総合的に踏まえた結果、裁判所は「本社事務所への出勤を求める業務上の必要があったとは認められない」とし、会社は労働契約上出社を命じることはできず、出社命令は無効であると結論付けました。

労働時間の認定について

1.原告の労働時間(割増賃金請求)の認定について

原告は、毎月会社に提出していた自己申告の「工数実績表」に基づいて労働時間を認定すべきであると主張しました。 しかし、裁判所は以下の事実関係から、この実績表のみでは実労働時間の証明として不十分であると判断しました。

  • 直接の指揮監督を受けない環境: 原告は使用者の面前で指揮監督を受けることなく、自宅で勤務を行っていました。
  • 勤務時間の裁量性: 原告が子供の保育園送迎等を理由に勤務時間の変更を申し出た際、被告代表者は「8時間の勤務時間が確保できれば勤務時間帯については幅をもって構わない」と了承していました。実際に原告の始業・終業時間は一定しておらず、就業時間について一定の裁量をもって労働していたと認定されました。
  • ログとの乖離による疑義: 会社が導入していたパソコン監視ツールのログにおいて、パソコンが操作されていない時間が一定程度存在しており、原告が主張する時間のすべてにおいて継続して労務を提供したという点に疑義が生じました

2.被告の不就労時間(反訴・賃金返還請求)の認定について

一方、被告(会社)は、業務用パソコンにインストールされていた監視ツール(キー操作数、マウス操作数などを取得するツール)の計測結果を根拠に、操作記録がない時間等を「不就労時間」として算定し、その分の賃金返還を主張しました。 しかし、裁判所は以下の事実関係から、ツールの計測結果をもって不就労時間を認定することはできないと判断しました。

  • 職務の特性(非PC作業の存在): 原告の職種はデザイナーであり、クロッキー帖でのスケッチなどパソコンの操作を伴わない作業を行うこともありました。そのため、パソコン操作のログがないからといって、直ちに労務を提供していなかった(不就労時間である)とは認められませんでした。
  • 賃金控除権の放棄: 被告は、原告から毎月工数実績表の提出を受け、さらにツールのログも確認できる状態にありました。それにもかかわらず、当時は実際の不就労時間を問題にすることなく賃金を支払い続けていたことから、仮に不就労時間があったとしても、被告は賃金規程に基づく賃金控除の権利を放棄したとみるべきであると判断されました。

労働時間の認定について

  • 本訴請求(原告)の一部認容: 原告の請求のうち、出社命令等により就労できなかった期間を含む未払賃金(令和3年2月分、3月分、4月分の一部)の請求が認められました
  • 本訴請求(原告)の一部棄却: 原告の割増賃金請求や不法行為に基づく損害賠償請求は棄却されました。
  • 反訴請求(被告)の棄却: 被告からの不就労時間分の賃金返還請求は棄却されました。