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【最高裁判例から学ぶ】「不倫の慰謝料」には2種類ある?「不貞慰謝料」と「離婚慰謝料」の決定的な違いと実務の注意点

 

 配偶者に不倫(不貞行為)をされたとき、不倫相手である第三者に請求する「慰謝料」。 一般的には「不倫の慰謝料」と一括りにされがちですが、法律実務の世界、そして最高裁判所の判例上、「不貞慰謝料」と「離婚慰謝料」は全く異なる2つの請求(訴訟物)として厳格に区別されています

この違いを正しく理解していないと、裁判で思わぬ敗訴を喫したり、適切な主張が認められなかったりすることがあります。

 今回は、基本となる2つの最高裁判例(平成8年・平成31年)と、この論点が鋭く争われた令和8年6月5日の最新最高裁判決をもとに、不貞慰謝料と離婚慰謝料の違い、そして実務上きわめて重要な注意点をわかりやすく解説します。


1. 「不貞慰謝料」と「離婚慰謝料」の違い(比較一覧表)

まずは、2つの慰謝料の決定的な違いを表で確認しましょう。

項目① 不貞慰謝料(不貞行為自体への請求)② 離婚慰謝料(離婚に至らせたことへの請求)
請求の理由配偶者と第三者が肉体関係(不貞行為)を持ったこと自体による精神的苦痛不貞行為の結果、夫婦を離婚に至らせたことによる精神的苦痛
侵害される利益婚姻共同生活の平和の維持に係る権利利益夫婦関係を離婚により破滅させられた苦痛
第三者が負う責任の原則【原則】責任を負う【原則】責任を負わない
例外的に免責・責任を負う要件不貞行為の時点で、夫婦関係が既に破綻していた場合は責任を負わない(平成8年判例)第三者が単に不貞に及ぶだけでなく、夫婦を離婚させる意図で不当な干渉をするなどの**「特段の事情」**がある場合に限り、責任を負う(平成31年判例)

2. 不貞慰謝料の基本:最高裁平成8年3月26日判決

不貞慰謝料は、不貞行為によって「婚姻共同生活の平和」を侵害されたことに対する賠償です。しかし、そもそも侵害されるべき平和がすでに失われていた(破綻していた)場合はどうなるのでしょうか。

【事案の概要:平成8年判決】

  • 夫婦関係:夫婦は性格や金銭感覚の相違から対立。夫が妻に包丁をちらつかせて威嚇するほどの喧嘩もあり、関係は極度に悪化。妻は別居調停の申し立て(のちに取下げ)を経て、昭和62年5月に自宅を出てマンションへ転居しました。
  • 不貞相手との関係:別居直前の昭和62年4月、妻は第三者の男性と出会いました。妻から「離婚することになっている」と聞き、実際に別居して一人暮らしを始めたことを確認した男性は、その言葉を信じて同棲・肉体関係を持つようになりました。
  • 請求内容:夫が不貞相手の男性に対し、不貞行為を理由とする損害賠償を求めました。

【最高裁の判断】

最高裁は、夫の請求を棄却しました。

「婚姻関係がその当時既に破綻していたときは、特段の事情のない限り、第三者は、他方配偶者に対して不法行為責任を負わない」

【理由】 不貞行為が不法行為となるのは「婚姻共同生活の平和の維持」という保護されるべき利益を侵害するからです。すでに婚姻関係が破綻している場合、保護すべき利益が原則として存在しないため、不法行為は成立しないとされました。


3. 離婚慰謝料の基本:最高裁平成31年2月19日判決

不貞行為が原因で結果的に離婚することになった場合、不倫相手に対して「離婚させたことの責任(離婚慰謝料)」を当然に問える気がするかもしれません。しかし、最高裁はこれを厳しく否定しています。

【事案の概要:平成31年判決】

  • 夫婦関係:平成6年に婚姻。夫は仕事で帰宅しないことが多く、平成20年12月以降は夫婦間の性交渉がない状態でした。
  • 不貞相手との関係:妻は平成21年6月から第三者の男性と不貞関係になりましたが、平成22年5月に夫に発覚した際、不貞関係を解消。その後も夫との同居を続けました。
  • その後の離婚:発覚から約4年後の平成26年4月、長女の大学進学を機に妻が別居し、連絡を絶ちました。平成27年2月に調停離婚が成立しました。
  • 請求内容:夫が、かつての不貞相手の男性に対し、「不貞により離婚をやむなくされ精神的苦痛を被った」として、離婚に伴う慰謝料を請求しました。

【最高裁の判断】

最高裁は、夫の請求を棄却しました。

「単に不貞行為に及ぶにとどまらず、当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情がない限り、離婚に伴う慰謝料を請求することはできない」

【理由】 離婚による婚姻の解消は、本来、夫婦の間で決められるべき事柄です。そのため、たとえ不貞行為がきっかけで結果的に離婚に至ったとしても、それだけで第三者が「離婚させたこと自体の責任(離婚慰謝料)」を負うわけではない、と判示されました。


4. 最新の最高裁判断(令和8年6月5日判決)は何がポイントなのか?

令和8年6月5日の最高裁第二小法廷判決は、この「不貞慰謝料」における不倫相手の「過失(認識)」の判断について、非常に重要なルールを示しました。

【事案の概要:令和8年判決】

  • 夫婦関係:夫の自己破産や育児不関与により関係が悪化。同居はしていたものの会話は皆無で、電子メールでのみ用件をやり取りする状態でした。
  • 離婚の合意と準備:令和5年6月に夫から離婚を提案し、妻も了承。さらに夫から**「家計を別々に管理すること」「互いのプライバシーに干渉しないこと」を提案され、妻も同意しました。妻は「離婚したも同然」と考え、自署した離婚届(本件離婚届)**を準備しました。
  • 不貞相手との関係:妻は、勤務先の代表者である男性(上告人)に離婚の相談をするうちに好意を抱くようになりました。令和5年8月、妻は男性に対し、「本件離婚届」を見せ、さらに「家計別管理・プライバシー不干渉」を合意した夫婦間の電子メールのやり取りを見せました。その後、妻は男性宅に滞在(不貞行為)するようになりました。

【原審(高松高裁)の判断】

原審は、男性に「過失がある」として不貞慰謝料の請求を一部認めました。

  • 高裁の言い分:「離婚した」という嘘をついて不貞行為に及ぶ者が多いのは世上の常識である。それを鵜呑みにしたのは注意不足であり、男性が「既に離婚した」と信じたことに相当の理由(過失がないと言える理由)はない。

【最高裁判所の判断(破棄差し戻し)】

最高裁は、原審の判断を「法令適用の誤りがある」として破棄し、審理をやり直すよう命じました。

「離婚した」と信じたことに相当の理由がないとしても、それだけで直ちに過失があるとは言えない。「婚姻関係が既に破綻していると信じ、そう信じるについて相当の理由があったか否か」を検討すべきである。

最高裁は、妻が自分で署名した離婚届を所持していたことや、夫から家計別管理やプライバシー不干渉を提案された電子メールを不貞相手に見せていたこと等の事実から、たとえ「離婚が成立した」と信じたことに過失があったとしても、「婚姻関係は既に破綻(実体が喪失)している」と信じたことには相当の理由(過失なし)とみる余地があると指摘したのです。


5. 補足意見が鳴らす実務への警鐘

この令和8年判決において、尾島明裁判官は非常に鋭い補足意見を述べています。

① 「不貞により離婚を余儀なくされた」という曖昧な主張の危険性

実務上、原告側はよく「配偶者の不貞行為により離婚を余儀なくされ、苦痛を被った」と主張します。しかし、これは不貞慰謝料(行為自体)なのか、離婚慰謝料(離婚させたこと自体)なのか、どちらを請求しているのか(訴訟物)を曖昧にする不適切な表現であると指摘されています。

② 裁判所が踏むべき「正しい審理ステップ」

裁判所は、当事者の主張が曖昧な場合は適切に釈明をして整理した上で、以下のフローに沿って紋切り型ではない丁寧な審理をしなければならないとされています。

【不貞慰謝料請求における裁判所の判断ステップ】

1. 不貞行為(肉体関係)はあったか?
   ├─ [NO] ───────────────────→ 請求棄却
   └─ [YES]
        ↓
2. 不貞の当時、夫婦の婚姻関係は「既に破綻」していたか?(平成8年判例)
   ├─ [YES] ──────────────────→ 請求棄却
   └─ [NO]
        ↓
3. 不貞相手は、婚姻関係が「既に破綻している」と信じていたか?
   また、そう信じたことに「相当の理由(過失なし)」はあるか?
   ├─ [YES] ──────────────────→ 請求棄却
   └─ [NO] ───────────────────→ 初めて請求認容

(補足意見 の記述を元に図式化)

このステップを踏まずに、「離婚したという言葉を簡単に信じたから過失あり」と直ちに結論づけるような原審の判断は、「安易で紋切り型の判断」であると強く戒められました。


6. まとめ

不倫の慰謝料請求においては、単に「不倫があった」「離婚した」という事実だけでなく、**「その不倫行為の時点で、夫婦関係が客観的に、あるいは不貞相手の認識としてどう見えていたか」**が極めて細かく精査されます。

  • 平成8年判例:婚姻関係が「既に破綻」していれば、不貞行為は原則として不法行為にならない。
  • 平成31年判例:単に不貞行為があっただけで離婚に至ったとしても、不当な干渉などの「特段の事情」がない限り、第三者に「離婚慰謝料」は請求できない。
  • 令和8年判例:不貞相手が「既に離婚した」と誤信したことに落ち度(過失)があったとしても、「婚姻関係が既に破綻している」と信じるに足りる客観的状況(離婚届の提示、プライバシー不干渉のメール等)があれば、過失は否定され得る。

実務上、これらの要件は厳格に区別して主張・立証される必要があります。もし当事者としてこのような問題に直面した場合は、曖昧な主張に終始せず、判例の射程を正確に捉えた法的構成を行うことが不可欠です。