有責配偶者からの婚姻費用分担請求が権利濫用だとされた裁判例
2026年5月25日
弁護士 松田直弘
執拗な誹謗中傷によって婚姻関係を破綻させた有責配偶者による婚姻費用分担請求を、権利の濫用として退けた令裁判例(東京高裁決定令和6年11月19日、を紹介します。
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事案の概要
本件は、別居中の夫が妻に対して婚姻費用の分担を求めた事案です。
夫婦はともに給与所得者であり、妻が婚姻前に購入したマンションで同居していましたが、妻が2人の子を連れて別居しました。
夫は退職金を得て退職した後は無職・無年金で当該マンションで一人暮らしをしており、他方で妻は自らの賃貸住宅の家賃を負担しつつ、夫が住むマンションの住宅ローンも返済し続けていました。
妻は、夫が有責配偶者であるため、夫からの婚姻費用分担請求は権利の濫用に当たると主張して争いました。
争点
控訴審における主な争点は以下の3点です。
1.執拗な誹謗中傷を主な原因として婚姻関係を破綻させた有責配偶者(夫)からの婚姻費用分担請求が、権利の濫用として制限・却下されるか
2.有責配偶者からの請求であっても、相手方は最低限度の生活を維持させる程度の「生活扶助義務」を負うかどうか
責と判断されるに至った事実関係の経緯
1. 夫婦間の対立と一時的な修復
夫は以前から妻の長時間勤務や妻の親族との付き合いに不満を抱いており、生活費を渡さなくなったことなどから一時別居に至りました。その後、夫がアルコール依存症の治療を約束し、妻も親族の宿泊や飲み会への参加を控えるなどしたことで一度は同居を再開し、関係は修復に向かいました。
2. 子供の進学問題を契機とした関係悪化と暴言の開始
しかし2015年(平成27年)頃、子供の中学進学についての意見対立(妻は公立、夫は私立を希望)を機に、関係が再び悪化しました。夫は妻の親族を「貧困一族」「貧困血族」と呼び、親族と縁を切るよう妻に求めました。また、妻が見ている前で再び飲酒するようになり、妻に対して「馬鹿だから教育も受験勉強に対応できない」といった暴言を吐くようになりました。
3. エスカレートする執拗で悪質な中傷
その後、夫の侮辱行為はさらに悪化しました。妻やその弟を「異常な自閉症姉弟」「コミュ障」、妻の父を「詐欺商売を行っている」と中傷し、さらには外国人に対する侮蔑的表現を用いて妻をそれに擬えるなどの行為を行いました。また、妻の職場の同僚(看護師ら)に対しても「きったねぇ貧困女」などと侮辱的な言葉を用いて非難するメッセージを執拗に送り続けました。
4. 警察沙汰と子供への侮蔑
2017年(平成29年)には、子供の叱り方を巡る口論から夫が妻の背中を平手で何度も叩き、妻が110番通報して警察が出動する事態にも発展しました。妻は一貫して離婚を求めましたが、夫は離婚の意向には回答せずに侮辱メッセージを送り続け、「一族は底辺だから子供らは父無しの底辺に育つのだろう」「非行街道まっしぐら」といった子供に対する侮蔑的な内容や、明確な差別用語を用いたメッセージまでも投げつけました。
裁判所の評価
妻側も対抗して夫に「アルコール依存症とは関係なく最低だ」「アル中でコミュニケーション障害である」などと伝えたことはありましたが、裁判所はこれらを「夫の異常な言動を受けてのものであり、夫婦間の諍いにおける言動としてやむを得ない面がある」と評価しました。
その一方で、夫の言動は妻だけでなく親族や同僚・友人、子供までをも標的とした執拗かつ悪質なものであり、「婚姻関係継続中の配偶者に対する言動として、受忍を求め得る限度(我慢できる限界)を超えたもの」であると認定し、婚姻関係破綻の主な責任は夫にある(有責配偶者である)と結論付けました。
権利の濫用
さらに、夫が別居前の相当期間にわたり生活費を渡さず妻が生活費の大部分を負担していたことや、別居後も妻が自らの生活費に加えて夫の居住するマンションのローンを負担していること(夫は住居関係費を負担していないこと)などの事情を考慮しました。
これらの破綻原因とその重大さ、および経済的負担の経緯を総合的に踏まえ、離婚請求訴訟の後に夫が求めた婚姻費用の請求は、権利の濫用として却下されるべきであると判断しました。