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カスハラ対応における企業の従業員に対する責任を考える

2026年5月9日

弁護士 松田直弘

先日、カスタマーハラスメントについて、企業が取り得る対抗策と、学校現場におけるカスタマーハラスメントについて検討しました。今回は、カスタマーハラスメント対応における企業の従業員に対する責任について、考えてみたいと思います。

動画による解説

労働施策総合推進法の改正

令和8年(2026年)10月1日から、労働施策総合推進法改正により企業等にはカスタマーハラスメント(カスハラ)防止のため、雇用管理上、必要な措置を講じることが義務付けられます。

事業主がハラスメント防止のために必ず講じなければならない具体的な法的措置は、大きく以下の5つの柱に分けられます。

1.事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発

  • カスハラには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針を明確化し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること。
  • カスハラの内容及びあらかじめ定めた対処の内容を、労働者に周知すること(管理監督者に指示を仰ぐ、可能な限り一人で対応させない、犯罪に該当し得る言動は警察へ通報する等)。

2.相談体制の整備

  • 相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること。
  • 相談窓口の担当者が、相談の内容や状況に応じて適切かつ柔軟に対応できるようにすること。被害者が萎縮して相談を躊躇しないよう配慮し、広く相談に対応することが求められます。

3.事後の迅速かつ適切な対応

  • 事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること。
  • カスハラが生じた事実が確認できた場合は、速やかに被害者に代わって対応したり、加害者と引き離したりするなど、被害者に対する配慮のための措置を適正に行うこと。
  • 方針の再周知や、原因や背景となった商品・接客等の問題改善を図るなど、再発防止に向けた措置を講ずること。

4.カスハラの抑止のための措置(対応の実効性を確保するため)

  • 過度な要求を繰り返すなど特に悪質と考えられるカスハラへの対処の方針(警察への通報や店舗への出入り禁止など)をあらかじめ定め、労働者に周知するとともに、当該対処を行うことができる体制を整備すること。

5.そのほか併せて講ずべき措置

  • 相談者等のプライバシー(機微な個人情報を含む)を保護するために必要な措置を講じ、労働者に周知すること。
  • カスハラに関して相談したことや事実確認に協力したこと等を理由として、解雇などの不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること。

安全配慮義務

一方で、企業は従業員に対して、安全配慮義務を負います。

 

企業の「安全配慮義務」とは、使用者が労働者に対して、業務の遂行に伴って生命、身体、健康などを危険から保護し、安全を確保するように配慮すべき義務のことです。

これは、労働契約法第5条に明記されているだけでなく、民法上の信義則に基づく義務として判例上でも広く確立しています。

具体的には、以下のような内容が求められます。

  • 物的・人的管理における配慮:業務を行うための場所・施設・器具などの設備を安全に設置・管理することや、安全教育の実施、適切な業務指示を行うこと。
  • 健康配慮義務:従業員の労働時間や業務の状況を把握し、過重な長時間労働による疲労や心理的負荷の蓄積によって、心身の健康(うつ病などの精神障害や脳・心臓疾患など)を損なうことがないよう注意し、必要に応じて業務を軽減するなどの措置を講じること。

1.義務違反時のリスク 

企業がこの安全配慮義務を怠り、従業員が労働災害(ケガや病気、過労死・過労自殺など)を被った場合、企業は債務不履行や不法行為に基づく多額の損害賠償責任を負うことになります。

2.適用範囲の広さ

 この義務は、直接の労働契約(雇用関係)を結んでいる自社の従業員だけでなく、派遣社員や下請企業の従業員などであっても、自社が実質的な指揮監督を行っている(特別な社会的接触の関係にある)場合には、適用されることがあります。

カスハラ対策の義務と安全配慮義務の関係

労働施策総合推進法に基づく「カスタマーハラスメント(カスハラ)対策の義務」と「安全配慮義務」は、「法的に明文化された具体的な体制整備の義務」と、「労働者を守るための包括的な義務」という、表裏一体の関係にあります。

 

事業主が労働施策総合推進法の措置義務を遵守することは、結果として安全配慮義務を果たすことに直結し、万が一の損害賠償リスクから企業を守ることにつながります。

 

具体的には以下のような関係性として整理できます。

1.安全配慮義務とは(包括的な義務)

安全配慮義務とは、使用者が労働契約に伴い、「労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をする義務」です。

これまでは、カスハラへの対応について法律で明確な手順が定められていなかったため、個別の裁判等において、事業主の対応が「安全配慮義務を尽くしていたか(義務違反がないか)」がケースバイケースで争われてきました。

2.労働施策総合推進法による対策の義務化(具体的な措置義務)

令和8年(2026年)10月から、改正労働施策総合推進法により、企業はカスハラ対策として、方針の明確化、相談窓口の設置、事後の迅速かつ適切な対応などの「雇用管理上の措置」を講じることが義務付けられます。

これは、これまで包括的であった「安全配慮義務」を果たすために、事業主があらかじめ最低限講じておくべき具体的な防波堤(体制整備)を、法律で明確にルール化したものといえます。

3.判例から見る両者の密接な関係

実際の判例を見ると、推進法で義務付けられる措置と、安全配慮義務の履行が密接に関わっていることがわかります。

  • 安全配慮義務違反が問われたケース(甲府地裁 平成30年11月13日判決)
    • 保護者から理不尽な要求を受けた教員に対し、管理監督者である校長が労働者を保護せず、安易に謝罪を強要した事案です。
    • 校長が事実関係を冷静に判断せず、職務上の優位性を背景に不当な謝罪を強いたことは、労働者を守る安全配慮を著しく逸脱しているとして、不法行為責任(損害賠償)が認められました。
    • これは、推進法で義務付けられる「労働者を保護する方針の徹底」や「被害者に対する配慮のための措置」を怠った典型的な違反状態と言えます。
  • 安全配慮義務を尽くしたと評価されたケース(東京地裁 平成30年11月2日判決)
    • 客の暴言に対して、会社が早期に入店拒否などをしなかったことが安全配慮義務違反であると従業員が訴えた事案です。
    • 裁判所は、会社が相談窓口(サポートデスク)を設け、緊急通報ボタンを設置し、深夜は2名体制にするなどの体制を整備していたことや、トラブル時に店舗マネージャーが間に入って対応を引き取ったことなどを評価し、安全配慮義務違反を否定しました。
    • ここで会社が講じていた体制は、まさに推進法で義務付けられる**「相談体制の整備」や「事後の迅速かつ適切な対応」に合致**しており、あらかじめこれらの措置を講じていたことが、結果的に安全配慮義務を果たしたと評価される根拠となりました。

4.まとめ

労働施策総合推進法で求められるカスハラ対策(相談窓口の設置、マニュアルの策定、被害者への配慮など)を適切に実施することは、企業が「安全配慮義務」を履行していることの強力な証明となります。

逆に、推進法上の措置義務を怠った状態で従業員がカスハラ被害に遭い、精神的・身体的苦痛を受けた場合は、安全配慮義務違反として企業側の損害賠償責任が問われるリスクが非常に高くなるといえます。